short novel.

□◇序章:紅命◇
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「っ……ふ…ふふふ」







「……黎深様」





「ふっ、ふふふふふふ」


パラリと開いた扇の向こうで、手にした書簡を眺めながら吏部尚書が不気味に笑う。



(……い、一体、何があったのだろうか)

絳攸は冷や汗をかいた。



怖い。とてつもなく怖い。



普段、仏頂面を決して崩すことのないこの未来永劫超不機嫌上司(養親)を、ここまで上機嫌にさせる事が起こるとは、滅多にない大珍事である。


いかにも幸せそうに(?)笑う紅黎深。

吏部の官吏が見たら、即座に泡を吹いて昏倒しそうな恐ろしい光景である。

紅黎深をここまで喜ばすものがこの世に存在するとすれば――


一、兄
二、姪
三、予測不可



――の3つしかない。



腹に力を込め、絳攸は恐る恐る声を掛けた。



「黎深様」


「ふふふ、ふははっ」


「黎深様っ!!」


「……何だ。さっきから騒々しいぞ、絳攸」


ピシャリ、と扇を閉じて、黎深は絳攸を睨んだ。



「……っつ……!!」



(人の事呼び出しといて何ですかその言い草はっ!!)



……と怒鳴りつけたくなる衝動を、絳攸は必死の思いで抑えつけた。

(……落ち着け……)


絳攸は深呼吸をした。


合い言葉:『鉄壁の理性』。


平静を装いながら、絳攸は咳払いをした。


「何か良いことでもありましたか?黎深様」


途端に黎深はニマ〜ッと笑み崩れた。懐から大切そうに幾重にも折られた布を取り出し、愛しげに指の先で撫でる。


「実は先程兄上がいらしてな」

「は、はぁ……邵可様が」


絳攸は段々話の先が見えてきたような気がした。


「私にこれを送り届けて下さったのだ!文も添えて」


広げられた手拭布は控え目ながら上品な薄紅色。
表に小さく可愛らしい李花の花弁の刺繍が施されている。

先程黎深が読んでいた書簡にチラリと目を向けると、そこには丁寧な書体で書かれた文が綴られていた。


『御親切な尚書様へ』


この手拭布と手紙の贈り主は恐らく同一人物。それも、絳攸がよく知っている人物である。


黎深のデレデレ笑いは一向に止まらない。


「秀麗はなんて健気な娘なんだ。仕事の合間に私に手拭布を縫うなんて!この見事な刺繍……流石、我が兄上の愛娘。流石、我が愛姪!!」


他人をそんじょそこらのペンペン草位にしか思っていない黎深ではあるが、兄と姪に関しては話が別である。
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