short novel.
□◇第一章◇
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フラフラとおぼつかない足取りで羽林軍・稽古場に突如現れた旧友の姿を認めた藍楸瑛は目を丸くした。
「……絳攸?随分と久し振りじゃないか。こんな所で何を――…ってうわ!?ど、どうしたんだい!?」
力無く楸瑛の方に崩れ落ちようとする絳攸を慌てて受け止める。
あぁ、楸瑛か、と見上げる吏部侍郎の顔はげっそりとやつれきっていた。
蚊の鳴くような声をやっとの思いで絞り出す。
「……酒。くれ。早く。今すぐ」
単語だけで端的に要求を伝える。
(……な、何なんだ……?)
楸瑛は普段の絳攸とは別人のように振る舞う旧友の有り様に尋常ではない事態を悟った。
幸い、本日の仕事は全て片付いている。
楸瑛はやれやれと溜め息をついた。
「……何かあったみたいだね。――酒なら私も付き合うよ」
何があったのかさっぱり解らないが、ひどく憔悴しきった絳攸を見てふと憐れみの情が兆し、楸瑛はなんとなく絳攸の肩をポンと叩いてみた。
男も時には色々と思い悩みたい事があるものだ。そんな時には悩みをを全て吐き出してしまった方が健康的である。
(さて……何処で飲むかな)
事態が事態とはいえど、お互い多忙な日々を送る中、共に杯を交わす機会など滅多にない。
男と男が語り明かすのに最適な場所についてあれこれ思いを巡らすと、ある考えが閃いた。
そういえば、あと一人、しばらく会っていない人物が居た。
楸瑛の口の端に自然と笑みが滲む。
部下に稽古の続行を命じ、楸瑛は身支度を整え、絳攸を半ば支えるようにしてその場を立ち去った。