Monsterシリーズ

□明日の記憶
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「結城さん。。。大丈夫ですか?」

 しばらくたって、嗚咽もだいぶおさまって来た結城さんに俺は声をかけた。
 俺に抱きしめられたまま、こくんとうなずく彼は、小さな声で言う。

「もう、血、飲まない。。」
「だめです」
「やだ、のまない」
「飲んでください」

「だって、、、マキが、、死んじゃったらっ、、俺っ、、俺っっっふあっっ」

 せっかくとまりかけた涙がまた溢れて来て。そんな彼がいとしくて、俺は震える唇を塞いだ。

「んっ、、、、ふっ」

 涙と鼻水で上手く呼吸できない彼が息苦しくなって俺の胸をドンドンと叩き始めるまで、俺は深くキスを続ける。

「はあっ……くる、しっ」
「涙。とまったでしょ?」

 そう言って微笑む俺に
「やだよ。。。もう。。」
濡れた顔のまま彼もふわっと微笑んでくれる。

「もう、二度と血を飲まないなんて言わないでください。あなたと一緒にいる約束、破らないでくださいよ」
「マキ……」
「あなたは、もう30才。立派な大人です。血を飲む事も上手くなって、あのときのように飲み過ぎるということはしないでしょ?だから、安心して俺の血、飲んでくださいね」
「ありがとう・・・・・っん?」

「どうして・・・・・マキ、知ってるの・・・?」

 俺の過去を知ってるらしき言葉に、驚きと少しおびえたような目で俺を見てくる結城さん。
 そんな彼の不安を消し去るように、俺は笑顔のままで彼に言う。

「倒れたあなたを希山さんがここまで連れて来てくれたんです。その時、あなたが倒れた理由を聞きました」
「そう、、、だったんだ。。。」

 あなたと同じ夢を見ていたなんて言っても信じてはもらえないし、何より、言いたくない。
 きっと、あの夢は結城さんの大切な大切な記憶だから。
 俺がやすやすと口に出来るものではないだろう。

「結城さん、お腹、すいていませんか?」
「…すいた」

 すると、くぅ、、、きゅるるるるっと二人同時にお腹がなる。

「あはははっ、もう、マキもお腹すいてんの? 先に食べといてって言ったのに」
「一応食べたんですけどね、なんででしょう? でも、まだ10時ですし、ご飯しましょうか?」

「あるの?」
「ええ、ケーキも用意していますよ」
「え?」

「だから、さっき言ったでしょ? あなたはもう30才。今日は、結城さんの30才の誕生日ですよね? おめでとうございます」

「ありがとう・・・・・」

 ありがとうと言った結城さんの顔が曇る。

「結城さん…お誕生日なのに、そんなに悲しそうな顔……」
「だって……今日は、命日だから……ママと……俺が食べちゃった友達と……」

「お祝い、する気分になりませんか?」

 うなずく彼を、俺はまた抱きしめる。

「結城さん、命日は大切な日ですよ。死んだ人が新しい人生を歩み始めた日。だから・・・・お祝いしませんか?あなたのママと、あなたの友達と、きっと今は天国で楽しく日々を過ごしているはずですから」
「……マキ……」
「今までありがとう、これからも二人の事は忘れないよって、ずっと俺とあなたは彼らの事を忘れず生きていくからって、ちゃんと伝えないと。。。ね?」

「マキ、パパみたい」
「そうですか?」

 俺は知らぬ振りして彼を抱きしめる手の力を強めた。
 俺はあなたと一緒に見た夢で、あなたのお父さんが言ってた事をそのまま伝えただけだ。

 俺だって、知りませんでしたよ。命日にお祝いするだなんて。
 でも、要するに楽しい追悼会ですよね?
 ママとお友達の。

 だけど結城さんにとって二人の思い出は、幸せと悲しみと……相反する記憶に違いない。
 それでも、結城さんの生きてきた大切な記憶。
 今のあなたを作った、大切な記憶だから。

 忘れないで欲しい。



「マキ、ご飯、食べよ?」
「はい。じゃ、温めなおしますね」

 彼から腕をほどいた俺は、手をつないでダイニングに一緒に来た。 

 結城さんを椅子に座らせてから俺はキッチンに立つ。

「結城さん、何か、お酒飲みます?」
「うん、ちょっとだったら」

 テーブルに冷蔵庫にしまった晩ご飯を温めて並べ直し、ケーキもそのそばにおいた俺は、
「じゃ、スパークリングワインにしましょうか?これ甘口ですから、おいしいですよ」
新しいワインをポンっっと開けた。

「ハッピーバースデー、結城さんっ」
「ありがとう」

 俺は用意したワイングラスにトクトクとお酒を注いでいく。シュワシュワと優しい発砲音が心地よく部屋に響いていくのを聞きながら。

「……4つ?」
「ええ、あなたと俺と、ママとお友達の4人でお祝いでしょ?」

 ワイングラスが4つある事に、結城さんは少し苦笑いをしていた。

「マキ、優しいね」
「あなた限定で、ですよ」

 ワインボトルを、飲む人のいない二つのワイングラスの間においた俺は、自分のグラスを持って
「おめでとうございます」
ともう一度彼に言う。

「ありがとう。ママも、友達も、ありがとう」

 そう言ってグラスをカチンと打ち鳴らした。

「これ、おいしーっ」
「でしょ? 絶対結城さん好きだと思ってたんです。甘いし優しい味だし」

 ワインを一口飲んで大喜びの彼は、あっという間にそれを空にして、もういっぱいちょうだいとグラスを差し出した。

「食事もまだですから、ゆっくり飲んでくださいね」

 と言いつつ彼のグラスにもう一度ワインを注ぐ。

「あ、このラベル、天使だぁ」

 彼が見つめたのはこのスパークリングワインのボトル。
 二人の天使が飛んでいる姿のワインラベルが張ってあるのだ。

「ママと友達と・・・二人かな?」

 そう呟いた結城さんの瞳から、ぽろりと涙がこぼれた。

「ごめんね……ごめんね……俺が食べちゃって……」

 16年前の今日、あなたが奪ってしまった命は、もうどんなに涙を流しても変えようの無い事実。

 だけど
 過去は変えられないけれど、未来は、いくらでも変えられるのだから


「ん……食べよっか」

 こぼれた涙を拭き取って俺に笑顔を見せてくれる結城さん。

 大切なあなたに俺が出来る事は、ただひとつ
 今、この瞬間
 あなたを幸せにする事に全力を尽くすこと


「はい。食べましょうか」

 俺は彼に、彼の好物のピザを取り分ける。

「このワイン、食事中には向かなくない?甘いからデザートの時とか、口直しとかにいいやつだよね?」
「……いや、それは俺も、後で気付きました。失敗したなって」
「ふふっ、でもおいしいからいいやっ」

 おいしそうにピザを食べていく結城さん。そんな彼を見ながら俺もピザをほおばる。

 結城さん
 あなたが、今日を思い出して
 微笑みを浮かべる事が出来る事が出来れば
 俺にとってそれ以上嬉しい事はありません

 明日と言う未来が
 昨日と言う過去の記憶になってしまっても
 その記憶が、悲しみに包まれる事のないように
 俺は、今日のあなたを
 幸せにしたい

 どうか
 彼の未来が
 喜びに溢れていますように
 未来のあなたが笑顔でいられますように


 そして、出来れば
 それは
 俺の傍でありますように・・・・


 誕生日、おめでとう
 結城さん


☆☆☆☆☆


次は、あとがきとおまけです。
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