Monsterシリーズ
□君がいいんだ
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定時になり、俺は課長の会議が終わるのを待っていた。15分ほど過ぎた頃、ガチャリと扉があき、彼が帰ってきた。
「少し遅れた。すまんな」
「いいえ、かまわないですよ」
俺は課長とともに仕事場を出る。
男二人で食事もなかなかないから、今日はゆっくり課長と話してみたいと思っていた。
案内された店は会社から20分ほどの距離のビルにあるおしゃれなお店だった。
ココの、チーズリゾットとスパゲティがうまいんだと課長は言う。
せっかくなので、課長のおすすめ品のチーズリゾットを注文する事にした。
そして注文を終えて、彼としゃべっていると電話が鳴った。
課長の電話だった。彼はディスプレイを見て少し驚きの顔を見せ、電話に出た。
「え? もう終わったのか? いつも9時くらいなのにな。食事? ちょっと待て」
また驚いた顔を見せた課長が、今度は俺に問いかけた。
「駿が早く仕事終わったからメシ食べたいと言ってるが、呼んでもいいか?」
電話の相手は希山さんだったようだ。
「ええ、俺は全然かまわないです」
課長はありがとうと言うとすぐに希山さんに話しかけた。彼はなんだか優しそうな顔をしている。課長は、やっぱり希山さんのことが好きなんだろう。
「ああ、大丈夫。。そう、、なんだ、近くにいるんだな、ああ、待ってるよ」
電話を切ると課長は俺にまた話し始める。
「すまんな、いきなり、駿がくる事になってしまって」
「いいえ、俺は希山さんと食事した事も遊んだ事もないですし、いい機会です」
「お前も結城くん呼んだらどうだ? まだ、6時半だし食事前かもしれないしな」
そう言われると、結城さんに会いたくなってきてしまった。単純だな、と我ながらあきれる。じゃあ、お言葉に甘えてと、俺は電話をかけた。
「ええ、来れませんか? おいしいお店ですよ。はい、電車で。待ってます」
結城さんも来る事になって、俺たちは彼らを待ちつつ仕事の話をしていた。その間に、注文していたスープやサラダが着々とテーブルに増えていく。
待っている間に冷めておいしくなくなるスープを先に飲んでいたら希山さんがやってきた。
相変わらずサングラスを掛けている。それをさっと外して俺たちに挨拶をした。
「なんだ、マキかよ。つまんねーな」
希山さんは、俺の事が気に入らないんだろうな。
仕方ないか……彼が好きだっただろう結城さんを俺が手に入れたんだから。
「なんだそれ、失礼な奴だな」と課長が彼をたしなめる。
「いいですよ。あ、希山さん、もうすぐ結城さんも来ますから」
そう言うと、彼は少し苦しそうな顔をした。
「デートかよ。じゃ、俺は博人と帰るぞ」
「いいだろ。ほら、仲直りしろよ。せっかくうまい店にいんだから」
なだめられて仕方なさそうにいすに座り、さらに課長にぶつぶつと文句を垂れる彼を見ながら、俺は少し違和感を感じていた。
どうしたんだろう?
彼は結城さんがいるなら喜ぶと思ったのだが。希山さんは結城さんととても仲良しで、なにより従兄弟同士。
それとも・・・・・・・課長と二人きりが良かったのかな。わざわざ食事しようと電話をかけてくるくらいだから。
もしそうなら、課長の事を好きになってくれていたらいいのに。と甘い期待が俺にわき出た。
しかし、こうやって二人をながめていると、あまりにも美男子すぎてクラクラしてくる。そんなイケメン同士がお互いに毒を吐き捨て合う姿すらも、痴話げんかのようで見ていて楽しかった。
この二人、似た者同士で仲がいいんだな。と俺は感じていた。
しばらくすると結城さんがやってきた。
「遅れてごめんなさいっ、、あ、駿っ」
だが彼は、希山さんを見つめて驚いた顔を見せた。
あれ? と俺にまた新たな疑問が出てきた。結城さんが少し不安そうな顔をしていたから。
「よ、俺もいんだよね。デートの邪魔してごめんね」
希山さんが、手を挙げてごめんという仕草をしたのをうけて、結城さんは「いや、元木さんもいるんだね。じゃ、ダブルデートじゃん」と、不安顔を消して笑顔になった。
「あははっ、男だらけでダブルデートかよ」
結城さんは俺の隣に座って、目の前にいる希山さんと一緒にメニューを見て注文をしていた。だが、彼は俺の手をそっと握ってきたんだ、テーブルの下で。
やはり、何かあったのだろうか?
だが今は聞けない状況。俺は彼の手を握り返す事しか出来なかった。
胸の中の不安をそのままに、俺たちは、たわいもない話をしながら食事をした。
結城さんは、やはり最初は少しぎくしゃくしていたが、デザートが出てきた頃には、ワインのアルコールのせいもあってか穏やかに楽しそうにしゃべっていた。
ケーキとコーヒーもゆっくり味わったあと、そろそろお開きにしようかという雰囲気になり
「ちょっと、お手洗い行ってきます」と結城さんは席を立った。
彼がいなくなったところで、希山さんが「ごめんマキ」と俺に声をかけた。そして次の言葉は想像などしていなかった一言で、俺の頭は一瞬でフリーズしてしまったんだ。
「最初、絵都さ、固かったよね。あれ俺のせい。ごめん。キスしちゃったんだ、絵都と」
バツが悪そうにしながら、希山さんは話す。俺は驚いて彼を見つめるしかなかった。
「俺が無理矢理しちゃったんだよ。絵都が可愛かったからさ。ごめんって俺の代わりに言っといてほしい、まだ怒ってるかも知んないし。絵都、メッチャ暴れて嫌がってたんだ。ほんと悪かった、あんたにも絵都にも」
俺は、黙って席を立った。彼の不安は、これだったんだ。
結城さんは俺に申し訳ないって思ってたんだ。この間、俺がキスのことで嫉妬したから。
結城さんがご飯を食べている間、俺よりもっと不安だったに違いない。彼の苦しい気持ちを考えたら、俺の足は自然と結城さんの元へ向かっていた。
結城さんを……抱きしめたかった。
店のお手洗いは全部で二畳ほどのスペースに鏡付きの洗面台とトイレがある小さなものだった。俺はちょうどドアを開けて出て来た彼をそのままトイレの中へと押し返す。
「マキ? どうしたの? 俺もう終わったんんっ」
彼の唇を奪いつつ、後ろ手に鍵をかける。
「ん、、、、ふっ、、、」
唇を離すとトロンとした甘い顔で俺を見つめながらまた「どうしたの?」と尋ねる彼。
「ごめんなさい。辛かったんですよね。気付かなくて」
「なんのこと?」
俺は、抱きしめてもう一度キスをした。
チュッ、チュッと彼の唇を何度もついばむ。
ココは、俺だけのものだから。
「、、ん、、マキ、、?、、」
合間に話しかけてくる彼は、どうしてこんなに可愛いんだろうか。
「結城さん、大好きです。希山さんとキスしてたって、あなたが大好きです」
「なっ、、なんでっっ!」
俺の一言に驚いて声を荒げて、そして、、彼はうつむいてしまった。
「希山さんが、教えてくれたんです。悪い事したって、言ってましたよ。ありがとう結城さん」
「なに……なんでありがとうなの? 俺こそごめん……約束したのに……マキだけって」
「あなたが一生懸命守ろうとしてくれた俺だけの唇。大丈夫ですよ。今もココは、俺だけのもの。守ってくれてありがとう」
彼の唇にまた己のそれを重ねて、そして奥深くまで繋がる。
柔らかな吐息と、熱い舌の感触と、そして、なにより彼が俺を求めて口づけに答えてくれることこそが、俺たちの想いの証。
大丈夫。あなたも俺も、ちゃんと繋がっているから。
そして、信じたいんだ。あなたを。
独占欲ばかりに身を貶めてあなたを信じないなんて事は、絶対したくないから。
泣かないで、苦しまないで
あなたが苦しむなら、俺も一緒に苦しみますから
だから俺の隣で、笑ってて下さい
結城さん
つかの間の触れ合いではあったが、幸せな顔を見せてくれた彼に満足した俺は、結城さんと連れ添ってともに元の席に戻ろうとした。だが、視線の先にあるテーブルには、なぜか希山さんと課長の姿が見えなかった。
あれ? と思い、あたりを探す。すると、すぐそばにあるライトの当たらない暗い壁に二人の影を見つけた。
そしてふたりは、どうみてもキスをしてた。いや、課長が希山さんを押さえ込んで唇を奪っていると言った方がいいかもしれない。
しばらくして、結局希山さんは、課長の腕を振り切ってその場を立ち去っていった。
喧嘩したのだろうか。課長は、彼の後ろ姿を、苦しそうな顔で見つつ、席に座り直して、ふう、とため息をはいていた。
課長、追いかけないでいいんですか?
好きな人を、追いかける事も必要ですよ。
恋は速度を上げづつけるしかないから、離れると追いつけなくなるかもしれませんよ。
席に戻ったが、結城さんは何とも言えない顔をしている。
俺は、知らなかったふうを装って課長に聞いた。
「希山さん、帰ったんですか?」
「ああ、ちょっと、用があるってさ」
「じゃあ、お開きにしますか。明日も仕事ですし」
「そうだな、じゃ、ココの金は俺がおごってやるよ」
「いえ、割り勘で。先ほどもココアおごってもらいましたし」
「いや、いいよ。たまにしか誘わないからな」
笑った彼は伝票を持って席を立つ。俺と結城さんは、店の前でありがとうございました、と言って課長と別れた。
課長……
あなたの気持ちが、俺は手に取るように分かる。
切ないですね。
相手は何も思ってくれていないと分かっていて
キスして、抱きしめて、体を繋いで
それが……どんなにむなしい事か
俺と同じようにあなたも、恋という見えない魔物に取り付かれているんだ
あなたの恋は、あなたをどこへ連れて行くんだろう
☆☆☆☆☆