寄り添い花シリーズ
□寄り添い花
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奏太の願った通り、桐島は抱いた。
執事室の奥にある寝室で、デスクと同じ黒檀のベッドの上、グレーのサテン地でカバーリングされた寝具の中で奏太の白い肌と栗色の髪が執事の動きにあわせて揺れる。
愛しい執事に直に触れられた肌が熱を帯びて震えて、奏太は何度も達した。
唇へのキスだけでなく、全身のあらゆるところへ触れられ、それこそ誰にも見せたことのない奥まで、桐島が入ってくる。
『……っぁあっあっ、』
苦しすぎるほどの圧迫感と、今すぐに吐精したくてたまらなくなるほどの快感に、喘ぐだけの奏太の耳に
『申し訳、ございません……』
と呟く声だけが聞こえた。
桐島……謝るな
幼さの色濃く残る頬を伝わる涙は、どこの痛みのせいだろうか。
『痛う、ございますか』
動きを止めて辛そうな顔を見せ、その涙を手のひらで拭う執事に
『止めるな……痛くないからっ、気持ちいい、っだけ』
と、奏太は強がる。
『申し訳ございません』
ユラユラと律動を再開する桐島の胸に奏太は溢れた涙を擦り付け、初めて体験する深い快楽の波にのまれてゆく。
グレーのサテン生地が、その涙を吸い取り、濃く色を変えた。
後悔なんてしてない
欲しがったのはボクだ
ボクは後悔なんてしてない
命令に従うのがお前の仕事
ボクの欲望を満たすのがお前の役目
目の前の執事は眉間にシワをいれて泣きそうな顔をして『申し訳ございません』と何度も呟きながら、主を抱いた。
*****
望んだのは、ボク。
与えるのは、桐島。
いつでもほしがるのは主の自分。そして、与える桐島はいつでも執事だ。その領分をわきまえて、決して侵さない。
たとえ、奏太を抱いていても、どんな時でも桐島は執事だった。
あの、メイドを抱いたときの獣のような男の姿を、何度抱かれても見ることはなかった。
「桐島、もうすぐボクの誕生日だよ? 今年は、何くれるの?」
「あと10日で、15歳ですね。おめでとうございます。奏太さまは、何が欲しいですか?」
情事を終え、奏太と己の服を綺麗に整え終わった桐島は奏太をベッドに座らせると、温かなミルクココアをカップに注いで手渡し、その隣に立ったまま、奏太に尋ねた。
ふうふうとそれをを飲みながら、奏太はつぶやく。
「いつもボクのほしがる物ばかりくれるよね」
「7歳の誕生日から去年の14歳のお誕生日まで、わたくしがあなたに差し上げた花は全て温室に根付いています。どれか、おわかりになりますか?」
クス、と笑って言う執事の瞳に、昔のような甘い景色を見た奏太は
「わかるよ。蘭ばっかりでしょ。6歳のボクが知ってる花ってそれくらいしかなかったもん。でも、スゴくきれいだし、ママの大好きな花だったから」
と、その腕を引っ張る。
座って、とベッドを視線で示せば、自分のすぐとなりで愛しい重みにベッドが軽くきしんだ。
奏太はいつも誕生日には花をねだった。
本当は花が大好きだった訳じゃない。
実は欲しい物なんて何もなかった。
ただ、桐島が『何が欲しいですか?』と初めて聞いてきたとき、目の前に咲いていたのが蘭だったのだ。
その時の蘭は、5センチほどしかない小さな花だったが、母の大好きな花だった。
幼い中の母の記憶は曖昧で、ただ病弱な母があたたかな温室に咲く小さな蘭の前で微笑んでいたことは、記憶にある。
母のために父が用意した50メートルプールほどもあるガラス張りの巨大な温室。
百合やベゴニア、ハイビスカスなど、たくさんの南国の花が咲き乱れる最奥に、蘭はあった。
母の温もりを残したような温かい一番奥の場所に、奏太は母を失った後、通い続けた。
それは寂しさを埋めるためだったのかもしれないし、知った場所だっただけなのかもしれない。
母がいなくなったことで、日々を共に過ごす存在が消え、暇でしょうがなかった。話す相手も、甘える相手もいない。
小さな花たちは、いい香りを放ち揺れてはいるけれど、何も話してくれないのだから。
そして、桐島と出会ったのも、温室だった。
『初めまして、奏太さま。わたくしは桐島と申します』
上から下まで真っ黒なスーツに身を包んだ彼を見たとき、幼心に、目の前にある黄、白、紫、ピンク色を呈して咲き乱れる小さな蘭たちの方が、何倍もカラフルでかわいい、と思った。
そのとき桐島と交わした言葉は、記憶にはない。あのときの自分には、桐島の存在すら、どうでもよかった。
ただ己を世話する人間が増えただけなのだから。
それから数日後、もうすぐおとずれる奏太の誕生日に桐島が欲しい物をこの温室で聞いてきたとき、目の前の蘭に母を重ねて『これのおおきいの、ほしい』と呟いたことは覚えている。
そして、誕生日当日、指し示した花の倍はあろうかというサイズの白い花を100個近くつけた鉢植えを、桐島は奏太にプレゼントした。
『こちらは、胡蝶蘭という蘭の一種です。大輪の花を咲かせる種類を選んでみました』
しだれた茎に、たくさんの蝶が羽を開いたまま留まっている様な形の美しい白い花からは、かぐしい香りが放たれていた。母と共に嗅いだあの匂い。
儚げに笑う母はそこにはないけれど、目の前に、花を見てとても幸せそうに笑う執事がいた。
そして、『少し大きすぎましたでしょうか』と、はにかんだ彼。
『きりしま、ありがとう.......』
自然と、そんな言葉が口から出た。
それは、今思えば、自分が彼に心を開いた瞬間だったのだろう。
かぐわしい香りと、桐島の笑顔が忘れられなくて、奏太は毎年誕生日に蘭をねだるようになったのだ。
そして気付けば、奏太にとって蘭はとても大切な花となっていた。
毎年ひとつずつ増える花が自分と桐島の絆をより強めてくれているようで。
愛しい記憶が、蘭の花と共に胸中にゆらゆらと満ちてくる。
「わたくしも、蘭は大好きです。とても綺麗で、繊細な花です」
だが、柔らかく微笑んだ現実の執事の顔を見て、かあっ、、っと黒い熱が吹き出した。
蘭という花にすら、嫉妬してしまう。
ボクには、もう大好きって言わないのに、そんな、簡単に蘭のこと好きって言うの?
「……今年は、蘭はいらない」
ぼそ、と奏太は吐き捨てた。
「奏太さま……どうして……」
困惑の顔で己を見つめてきた桐島に更に言った。
「もっと、欲しい物があるから」
「それは、わたくしにはかなえられないものでしょうか」
「お前には、無理」
その言葉に、すっとベッドから腰を上げた桐島は
「分かりました。それでは、今年はわたくしが奏太さまのプレゼントを選ばせていただきます」
と、深くお辞儀をして、奏太の部屋を出ていった。
欲しがるのはボク。
与えるのは桐島。
先ほど体の最奥に彼に与えられた熱に焼かれて燃え尽きてしまえたら、どんなに幸せなことだろう。
桐島が、欲しくて仕方ない。
でもお前は執事。
与えるのが仕事。
望んだのはボクだけ。
だから、いらない。
温室で咲き乱れる満開の蘭が、一瞬で枯れる幻覚をみて、奏太は両手で顔を覆った。
「いらないんだ、もう」
黒い感情の波からこぼれる声が、白いベッドに溶けて消えた。
☆☆☆☆☆