寄り添い花シリーズ

□寄り添い花
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『おやすみなさいませ』


 電気を消して、そっと主の部屋を出ると、桐島は足早に自室に戻る。

 黒檀で出来た大きな机の向こうにある、革張りのデスクチェアに座り、一番上の引き出しを開けると中から葉巻をひとつ取り出した。



 シガレットカッターで、吸い口を切り取り、斜めに傾けて火をつけると、苦く焼けた草の紫煙が部屋に広がる。痺れと芳しさの含む煙が己への不快感で満たされた意識を霞ませていくよう。


『このままだといつか、あの方を......』

 呟いた瞬間、コンコン、とノックの音が響いた。

 時計は11時を過ぎている。

 こんな時間にやってくるなど誰だろう。奏太さまだろうか。あの方は恐がりで寂しがり屋だから、昔から何かあるとよくここへ来られていた。それにさっき、あの方は少し苛立っていた気がする。

 と思いつつまだ吸ってもいない葉巻の火は消さずに

『どうぞ』と廊下に向かい声をかけた。

 カチャとドアを開けたのは、メイドの一人。たしかまだ23歳だった。奏太ではなかったことに胸中の落胆と安堵が織り混ざって、葉巻の紫煙で霞んだはずの不快感が吹き出しそうになった。


『何か、問題が起こりましたか?』

 屋敷の全てを任されている桐島は、それを理性で押し止め、葉巻を加えて更にあぶりながら彼女がここにやってきた事態の理由を尋ねる。


 だが、その女は、中に入ってきたと思ったら、

『桐島さまっ、あの、私とつき合っていただけませんかっ』

と顔を真っ赤にして声を上げた。


 一瞬で脳天からつま先まで冷め切ったのを自覚した桐島。


 またか............


 メイドから告白されることは、幾度もある。だが、彼は女にときめきも情熱も見いだせない。

 その生き物は、勝手に迫ってきて、つき合うのは無理だと伝えても一度だけとキスをせがむ、そして抱いてくれと言う輩までいる。
 そして抱けば『もうあなたは私のモノ』のようなそぶりを見せつける。

 本当にたちが悪い。

『申し訳ありませんがそれは無理です。ですがあなたが望むなら、抱いて差し上げてもいいですよ。今夜一度きりですけれど』

 だが、今この台詞を言った自分の方がたちが悪いのだと言うことくらい分かっている。

 奏太のあの痴態を見て猛りきった己を納めるには、ちょうどよい玩具が目の前にある。主と同じくらいの華奢な体の中に、溜まって腐臭を放つ白液を流し込めば、すっきりするだろうなどと思考を巡らせたのだから。


 桐島の言葉に、顔をさらに真っ赤にしたメイドがフルフルと震え始める。

『どうなさいますか?決めるのはあなたです。わたくしに抱かれるか、このままここから立ち去るか、どちらにしろ、あなたがご自身の思いをわたくしに伝えた時点であなたはもう、この屋敷にいる資格が剥奪されました。明日の朝、荷物をまとめて出て行ってもらうことになります』

 本当ならば、奏太に思慕心を募らせる己の方が早急にここから立ち去らなければならないのにと、心中で自身を嘲笑した。


『じゃあ......あなたは、いいんですかっ。私、知ってるんですっ。さっき坊ちゃまのお部屋で、桐島様はなにをなさっていたんですかっ』

 どうやらこのメイドは、知っているらしい。
 覗き見でもしたのだろう。

 余計このまま立ち去らせるわけにはいかないと、桐島は感じた。

『わたくしは執事の勤めを果たしているだけですよ。奏太さまが望めばなんでもして差し上げます。それとあなたが私を好いていることと、共通点など何一つありません』

 冷徹に言い放った桐島に、メイドはすがる。

『好きじゃなくても、坊ちゃまを抱けるんですか............っ』

『執事としての仕事です』


 なにが仕事だ
 仕事としてあの方に接することが出来たら、どんなに嬉しいことか

 いらだちと冷たさを隠そうともしない桐島は、ようやく十分に楽しめるほど火のついた葉巻を灰皿に放置して、目の前のメイドを思いきり引っ張りデスクの上に押さえ込んだ。

『っきゃぁぁっ』

『望みは、私に抱かれることですか?』
『桐島、さま……一度だけでも』

 目の前のメイドは、期待を込めた瞳で桐島を見つめる。

 だが桐島の中に沸々と沸くのは、奏太への想い。


 あなたを護りたい

 執事とみだらなことをしたなど、そんな過去、誰にも知られないように


『いいですよ。口止め料とでもしましょうか。わたくしにとってあなたを抱くことも仕事の一つ。大丈夫です。痛くはしません。楽しみましょう』

 そして桐島はメイドの唇を深く犯した。

 執拗で濃厚な口づけに、メイドはいつしかトロトロに溶けきって、あっという間に喘ぎ声しかでなくなる。

 なんて、簡単なんだ……

 こんなセックスなど、何の感慨もない


 柔らかな紫煙がけぶる室内で、メイド服をはだけさせて露わになったその柔らかな肌をもみほぐして食むと、溶けきって垂れる唾液に濡れたメイドの唇が甘く震え鳴く。


 こんな声、奏太さまの果てる声と比べたら1ミリたりとも心が揺れない

 キリリと立ち上がる己の欲望を駆り立てるのは、愛しい主の声と匂い立つ身体の記憶。

 デスクのに乗せた女の股を開かせ、濡れそぼってひくつく体の奥深くに己を押し込めば、女の声はさらに高まる。

『ああっっ、、桐島さまっっ』


 おまえの声など聞きたくない

 黙れ
 黙れ
 黙れ

 桐島は怒りにまかせて激しく女の体を揺さぶり続ける。


 がたがたと揺れるデスクの上から、空間にその香る煙だけを残して吸われることなく立ち消えた葉巻が、ポトンと床に転げ落ちて扉へ向かい転がっていった。

 



『明日、この屋敷からの退去をお願いいたします』

 果てた劣情の残骸を女の中から出した桐島は、メイド服を整えながら静かに呟いた。

『……』

 女は惚けた顔をして、ただされるがまま。
 
 
 メイドを現実に戻すように、桐島は冷たい言葉を吐く。

『今後、もし奏太さまを貶めるような事を他者に吹き込むなら、その時はあなたと知り得た人間全員を消します。必ず』


 ビクッとして正気を取り戻し、恐怖の目で桐島を見たメイドの耳元に、追い打ちを駆けるように囁いた。

『あなたを抱く事と奏太さまをお慰めする事はわたくしにとって価値が全く違います。どうぞ、お忘れなきよう』
 

 そして、冷めた表情で笑い恭しく頭を下げた桐島は、出て行くように視線でドアを指した。

 その時、ドアが少しだけ開いていたことに気づいた。
 メイドがちゃんと閉めなかったのだろう。

 声が漏れていたかもしれないが、この執事室の前を通る者などそうそういないのだから、取り立てて気にすることはなかった。

 だが、怯えて身体を硬くし、足の進まないメイド。桐島は最後の情けをかけた。

 『あなたのメイドとしての働きは申し分ありませんでした。次に別の所へ赴くことになっても、恥ずかしい事など何一つありません。ただ今後、執事に恋慕するのは、おやめくださいますようお願いいたしますね。口の堅い貴方のような女性なら、大丈夫です。胸を張って次の主にお仕え下さいませ』

 冷たい表情から柔らかい笑みに変え、その唇に、そっと口づけをして『さようなら』と呟けば、『申し訳ありませんでした』と、顔を赤らめた彼女は小さな声を出して、ふらふらとドアの向こうへ出て行った。

 簡単だ。

 最後に甘い言葉をかけた事で、彼女の中で自分は思い出として収容された。
 あのメイドは次の恋に進める。


 奏太さまに告白して、ここから去れば自分も次の恋に進めるのだろうか。

 いや、あの人にこんなにも異常に執着している自分のこの感情が、恋と名付けられる価値などない。


 あのメイドに、ある種の羨ましさすら感じる。


 ふう、とため息を付いて、桐島はドアを閉めようとした。


 だが、

『桐島、今の、あれがセックスなの?』 


 聞こえた声に、全身の毛穴が開いたように、驚愕で体が熱く燃えた。


『か、かなた、さ、ま……いつから、ここに……』

『メイドがこの部屋に入ったときから』


 動かない桐島の体の横をすり抜けて、絹の白い寝着に身を包んだ奏太が燃えた葉巻の香に混じりかすかな情事の異臭が残る部屋に入ってきた。


『葉巻吸わなかったの? 火はつけたみたいだけど』

 ドア口近くに転がっていた、ほとんど燃えてない葉巻を拾った奏太は、それを笑顔で桐島に差し出した。


『教えてくれる? このあとのこと』


 その夜、奏太の体は桐島の手で奥まで暴かれることになる。



*****


「っああぁ……っきり……しっまぁっあっあっ」


 小さな唇から艶やかな高音で名前が零れる。

「かなた……さまっ」


 揺れる体は初体験の美しい女教師とは比べ物にならないほど華奢だ。

 細い腰、薄い筋肉が付いただけの骨ばった手足。


 だが、こんなに美しい人を知らない。

 どうしてだろう。

 彼を何度抱いても、何度イかせても、いつまでも、この人は美しい。

 こんなに儚くて、強大な存在をみたことがない。



 抱きしめたくて、笑顔にしたくて、励ましたくて、守りたくて

 なのに

 犯したくて、壊したくて、閉じこめたくて



 好きだなんて、愛してるなんて、言えない


 ただ、あなたを

 あなただけを


 もう、あなたのことしか、考えられない



「奏太さま、、っ奏太さまっ」


 目の前が涙で霞んで来たのをごまかすように何度も奥をえぐった。



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