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□第八章「握った、決意。」
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「……はらっ、しーのーはぁーらぁーっ!」

 勝手に妄想して自分で自分苦しめてたバカな俺は、目の前で勝山が俺の名前連呼してることに気付いてなかった。慌てて顔上げてこいつを見る。

「え、え? なに?」
「だから、先生が呼んでるって。世良さんが言ってる、職員室来いって」
 勝山の顔が廊下を向く。ソコには世良さんが俺を手招きしてた。
「ありがと、勝山」
「どーいたしまして」
 けらりと笑った勝山と別れ、俺は世良さんの隣を歩く。2月の廊下は超寒い。節分を過ぎたらもう立春で、テレビじゃ梅が咲いたとか言ってるけどさ、やっぱ寒い。俺、制服のポケットに両手慌てて突っ込んだ。でもよく考えたら、女の子ってこんな時にも生足だ。世良さんだって膝上のスカートの足下は紺ソしか履いてない。寒くないのかな。でもさすがに聞くのは失礼かと思い直し、全然違う話をする。
「世良さんも職員室に用なの?」
「そう、ちょっと日高先生に質問」
「はー、勉強熱心だね」
「て言うか篠原君の方がインフルエンザだったくせに5位ってすごいと思うんだけど」
 何で俺の順位知ってんのよ、世良さん。さては勝山が推理を披露しやがったな。あの野郎っ。1番とったと喜んでた勝山の顔を思い出してちょっとムカついた俺。

「イヤ、俺数学70点だった。答案返すとき江嶋先生苦笑いしてた」
「あはは。前回篠原君90点だったものね」
「そりゃ好き、……いや、担任だしね、がんばろうかなって思ってさ」
 やばいやばい、危うく好きな先生とか言うとこでした。もうホント、女の子ってどうしてこんな誘導尋問みたいな事してくんのかな。やめて欲しい。
 その後世良さんは女の子らしく明日のバレンタインの話を始めた。
「明日、彼氏にチョコ渡す予定なの。篠原君はあれからどうなの? ひと騒動もだいぶ落ち着いてきたじゃない?」
「いや、俺は予定なんて全然ないんだけど」
 だから男だから。まずチョコあげるが間違ってるし、相手も男なわけで。とか言えないし。
「ふーん、そっかぁ。じゃあ、今フリーなの?」
「フリー、といえばフリーですが」
「ふふ、じゃ、明日楽しみだねっ。篠原君、あれから超有名人だしっ。誰かからもらえるかもっ」
 イヤ、そういうのいらないし。俺、有名人じゃねぇし。つーか有名なのは男前な江嶋先生でしょ。返答に困って俺はちょっと顔をゆがめてあははと笑った。
「でも、実はまだ、振られた相手のこと思ってたりするの?」
 やっぱり女の子怖いっ。なんで言い当てるのよ。
「はは、もうその事は言わないでよ。ありがと。じゃあ、俺先生のとこ行くし」
 ちょうど職員室の前で彼女に手を振り、彼女は日高先生のところに、俺は江嶋先生のところに歩く。先生は何か書類を書いているのか小柄な背中をさらに丸くして、机にかじり付いていた。ああ、可愛い。とか思った俺。やっぱりどうしようもないバカです。

「江嶋先生」
 その背中に呼びかけると、先生は手を止めて俺を振り返った。
「悪いな来てもらって」
 相変わらず大きな黒い瞳。冬なのに、夏の名残のある焼けた肌。でも俺はそんな彼も好きなんだ。ああ、俺やばい、恋する目になってるかも。パシパシ瞬きして俺はあわてて生徒の目に戻った。そして彼に問いかける。
「先生、俺に用って?」
 すると先生は、小さな声で言った。
「前、進路指導室で言ったこと、覚えてるか? そろそろ返事をもらいたいんだ」
 その言葉聞いた瞬間、俺、全身が緊張した。だって、マジで完全に忘れてたんだもん。
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