クリスマスは君とチョコとクローバーシリーズ
□クリスマスは君とチョコとクローバー
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クリスマスは君とチョコとクローバー
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12月2日(日)
俺の恋は、小さな雑貨店の小さなレジの、俺よりちょっと小さな店員さんの前で、見事に終わった。
「え?……ど、して……そんな、…………ごめんとか言われても…………あっ……」
いったいどういうことだ……
隣の市にある大学に通っている彼女とは夏に出会って直ぐに互いに恋に落ちた。これまでずっと順調で、もうすぐ迎えるクリスマス、二人で過ごそうと思っていたのに
こんな、電話口で、あっさりさよならなんて……
「あ、あの……」
掛けられた声にハッと我に返り、握り締めていた携帯電話から視線を上げた先には、171センチの俺より5センチほど小柄な男の店員さん。
茶色いエプロンをつけた彼は、襟足が短く刈られて前髪もツンツン立ててる割りには、ヘニャリと柔らかな風合いのライトブラウンの髪に囲まれた小さな顔で、少し垂れた目をさらに垂らして、俺が買おうとしていた小物を持ったまま困り顔をしていた。
「すみません、それ、買うのやっぱりヤめます。あげようとしてた彼女に、今振られちゃって……用無しになっちゃいました、クリスマスプレゼント」
ははは、とカラ笑いを見せて、俺はぺこりと頭を下げた。
「そう、ですか。じゃあこちらは片付けとくし」
店員さんは、それをレジカウンターの横に置いたと思ったら、レジ前においてあったサンタの銀紙に包まれたチョコを一粒剥いて、俺の口の前にピッと差し出した。
「ほら、口あけて?食べなよ。悲しいときには甘いものがいいよ?」
へにゃ、っと垂れ目をもっとたらして笑った店員さんは、唖然としてちょっとだけ開いてしまった俺の唇の隙間に、むぎゅっとそれを押し込んだ。
「おいしいでしょ?チョコ」
「あ、りが、、、っ」
不覚にも俺は、彼の優しさにほろりと涙が出てきて、いや、それをきっかけに失恋の悲しみが、ぶわっと溢れて来て、止められなくなってしまった。
「ごめ、っなさ…っ」
慌ててその場を立ち去ろうとしたら、店員さんにぎゅっと手をつかまれた。
そのままレジ裏に掛かる茶色い暖簾の向こう、いわゆるスタッフオンリーの場所へと俺は引っ張りこまれて。
そして、商品の入っていただろう段ボールが高く積まれて狭苦しいところに、無理矢理置かれた小さなテーブルの前にある小さな椅子にポン、と俺を座らせた店員さんは
「ここなら、誰も来ないから、じゃ、俺、仕事もどるね」
それだけを言ってすぐに立ち去った。
……なんて、おせっかいな店員さんなんだ……
と一瞬思ったけど、レジ前でボロボロと泣く男なんてはっきり言って営業妨害だ。
昼下がりのお店には少ないとはいえ、俺以外にも数名のお客さんがいたし、彼の行動は間違っていたわけじゃない。
そして俺は、彼に甘えて、初めて来た雑貨店の裏部屋で一人、泣いた。
電話越しに言われた別れの言葉が、したくもないのに頭を占拠し続ける。
『ごめんね、ユウ。もう、会えない。好きな人が出来たの。』
それはまさかの一言で、順調だと思っていた俺が馬鹿だった。
好きになったと言う相手は、結構前から気になっていた男らしい。
つまり先週末に俺と会ったときも、すでに彼女の心には他の男がいて、でも俺はそんなことすら気付かずに浮かれてデートをしていたわけで。
店員さんがくれた甘いサンタチョコ。
口の中からその痕跡が消えた後も、俺は裏部屋で一人、悲しみに暮れていた。
「落ち着いた?」
そんな声と共に、暖簾をくぐって暖簾と同じ色合いの茶色いエプロンを付けたあの店員さんが顔を見せたのは、それから約一時間後。
涙で赤くなっている俺の目と鼻を見て、ふふ、と笑った彼は
「もう、お客さん誰もいないから、大丈夫だよ、叫んでも」
そんな事を言ってすぐそばにある120L程度の小さな冷蔵庫を開ける。
「すみ、ませんでした。こんな醜態を見せて」
「いいよ、誰だって泣くじゃん。俺も昨日泣いてたよ」
どう考えても俺を安心させるための嘘を言った彼は、俺の前に湯気のあがるマグカップを差し出した。
「ミルク……?」
それは冷蔵庫の上に置かれた今時温めと解凍ボタンしかない、古めかしいレンジでチンされてあたたかくなった牛乳で、俺は「これを飲め、と言うのか?」と言う意味を込めて彼を困った顔で見返したけど
「いいから持って」
と言われて、泣いてた手前、何も言えない俺は熱々のそれをそっと手に包んだ。
「これ、混ぜてね」
チャポン、と音を立ててホットミルクの中に何かが入れられた。
それは、串の刺さった三センチ角くらいの四角いチョコレート。
「これね、ホットミルクに入れて、溶かして飲むんだ。チョコレートドリンク。この店にも置いてんの。結構売れてんだよー」
俺と同じマグカップを持って、そのチョコレートの刺さった串をくるるると笑顔でまわす彼。
部屋に甘いチョコレートの香りが広がっていく。
まるで、さっきの俺の口の中みたいに。
「俺、大島穂瑠(おおしまみのる)。君は?」
「石川、祐(いしかわゆう)です」
`
「ありがと、祐くんのはね、ヘーゼルナッツで、俺のはソルト&キャラメル。どっちもうまいよぉ?」
さらっと俺を祐くんと呼んだ店員さんの大島みのるさんは、熱々の出来立てチョコレートドリンクをソロソロと啜る。
「ごめんなさい。大島、さん。仕事中なのに」
「穂瑠でいいよ。それに店閉めちゃったからもう仕事中じゃないし」
「え?閉めちゃったって、その若さで店長なの?穂瑠、くん」
さすがに呼び捨ては……と思い、慌てて「くん」をつけた俺。
「いや、店長じゃないけど、代理。店長ね、先週に骨折しちゃってさ。で、俺が代わりに店を切り盛りしてんの。たった一人の店員だしね。もともとバイト上がりだけど、店長代理に昇進。でも1月末までの期間限定だよ」
なんて笑った彼は、聞くと俺よりたった一つ上の23歳。
高校卒業後、ずっとこの店で働いているらしい。
俺はこの店の近くの大学に通う4年生で、来年は大学院に進学するから就職活動はまだで、今も親のすねをかじっている。
「祐くん、学生さんかあ、だからなんか可愛いんだー。でもイケメンだね。茶色のサラサラヘアー似合ってるよ。目もおっきいし、大型犬みたい」
俺を可愛いと言う彼の方が、何倍も可愛い笑顔を見せてる。
女の子みたいにふわっと膨らんだ頬にスッと通った鼻筋。笑うと潤んだ黒目が見えなくなって、細い眉も目尻も垂れて、とても可愛い。
と少し思ったけれど、男に可愛い笑顔だね、何て言うのも可笑しい。
俺はふと心に沸いたどうでもいい疑問を彼に聞いた。
「雑貨屋さんの店員って普通女の人じゃん?穂瑠くん、珍しいよね」
「んふふ、そうかも。俺ね、雑貨好きなの。ほら、こんなちっちゃいのにさあ、もらうと嬉しくない?ちっちゃいけど、夢とか、幸せとか、願いとか、いっぱいためてんだよぉ」
って言って嬉しそうに俺に鍵についてる小さなサンタのキーホルダーを見せた。
そして、甘いチョコレートドリンクと一緒にくだらない話をして1時間ほど彼と過ごした俺は、穂瑠くんの笑顔とおいしいチョコレートに失恋の痛手をやわらげてもらったお礼にと、
「次はお勧めの雑貨教えて?買わせてもらうから」
と言って店を出て行った。
失恋と共にやってきた新しい恋の予感に、まだそのときの俺は気付いていなかったんだ。