寄り添い花シリーズ

□寄り添い花
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奏太『続く痛み』

☆☆☆☆☆


 聞きたくなかった
 知らなければよかった


 でも、あれが

 桐島の、本心なんだ……


 
 激しい雨に体を打たれながら、奏太はとぼとぼと広大な庭を歩いていた。

 別に外に用があったわけではない。

 近くにあった扉から飛び出したら、外だっただけ。

 出た途端に土砂降りの雨で全身がずぶ濡れになってしまったが、開けたドアから中に戻る気にもなれず、そのまま外から自分の部屋を目指した。

 庭を横切る間中、風と雨が体温を奪っていく。

 結局その華奢な体は、自分の部屋までたどり着くことなくヘナヘナと力尽きた。


「奏太さまっ」

 廊下でうずくまっていると声がかかった。

 顔を上げた奏太の目の前にいたのは父の執事、唐沢。

 唐沢は幼いころから知った顔ではあるが、奏太はどうしても彼を好きにはなれなかった。

 唐沢にも大切にされているはずだと思っても、なぜか桐島のような温もりが感じられなくて。


「どうされたんですかっ、こんなに、濡れてしまわれてっ」

 駆け寄った彼はハンカチで奏太の顔を拭く。

 だがそんな小さな布では到底拭き取れそうにないほど奏太は濡れている。

 唐沢は携帯電話を取り出すと、メイドにバスタブにお湯を張るよう連絡をし、次に桐島を呼び出した。


 暫くすると廊下を駆けてくる桐島が見えた。

 その手には白いタオルを持っている。

「唐沢、大丈夫。お前はパパのところへ戻れ」

 桐島が来たからと微笑むと、唐沢は桐島から受け取ったタオルで奏太をふわっとくるみ、彼を軽く抱き上げて桐島に手渡した。

 60を過ぎているというのに昔と変わらない筋力だ。父と同じように筋トレに余念がないのだろう。

 白いタオルの中、よく知る鍛え上げられた愛しい執事の胸に沈んだ奏太は、ホッとした。

「唐沢様、ありがとうございました」と桐島は頭を下げ、奏太をバスルームへと連れて行く。

「奏太さま、どうなさったのですか?ドイツ語の授業でしたでしょう?こんなに濡れては、風邪を引かれますよ」

 奏太を易々と抱えて歩きつつ、桐島は心配そうな声でささやいた。

「窓から、パパの乗った車が見えたから、迎えにいこうと思って……」

「お風邪を引かれては、旦那様がご心配されますよ? 奏太さま、無茶はおやめくださいませ。桐島もあなたがしんどい思いをするのは辛うございます」

 ぎゅっと抱きしめられて、奏太は目をつぶった。


 確かに父の姿を追って部屋を飛び出したのは事実だ。ドイツ語教師にすぐ戻るからと言い放ち、彼は父を目指した。

 父は帰ってきたとき先ず一番に温室へと足を向ける事を知っていた奏太は、迷うことなくそこへ進む。

 父を捜して足取り軽く歩いた先に見えたのは桐島と父の姿。

 満面の笑みを作った奏太が『パパっ』と声をかけようと思ったその瞬間、桐島の口が思いもかけない言葉を紡いだ。

『わたくしの、奏太さま付きの任を解いてくださいませんか』

 奏太の声だけでなく歩みすら止めたその一言は、あまりにもひどく彼を打ちのめした。


 桐島は、やっぱり、もう、こんな関係をやめたかったんだ

 無理矢理、ボクを抱く日々なんて、苦痛でしかない

 桐島は、もう、執事としてボクの傍にいることもないんだ……


 父を迎えるという当初の目的すら忘れて、暖かな温室から飛び出した奏太に、痛いほど冷たい風と雨が降り注ぐ。

 それは彼の沈む心をより深くえぐった。 



「奏太さま、着きましたよ。メイドにお湯を張らせておりますので、冷えた体を温めてください」

 一人で使うには広すぎるほどの脱衣室におろされた奏太。

 そのぐっしょり濡れた体は、タオルを通り越して、桐島のスーツもべっとりと濡らしていた。

「桐島も……濡れてる」
「大丈夫です。奏太さま」

 だが微笑むだけの桐島。

 寒さでカタカタと震える手をそのスーツにすがらせ、奏太は言った。

「一緒に……入って」
「奏太さま、それは……」

「ボク、寒くて、もう動けない……」

 それは確かに事実だったとはいえ、桐島はしばらく押し黙っていた。

 だがすっと体を翻し、テキパキと服を脱ぎ始める。

 全裸になり腰にバスタオルを巻き付けて、今度は奏太の服を手早く脱がした。

 そして主の身体をバスタオルで包むと抱き上げてバスルームの扉を開けた。

 フワリと白い湯気が視界を遮る。

 10畳ほどもある広いバスルームは大きな30センチ角の白いのタイル張り。

 その半分を占める黒いタイルで囲まれた湯船には入浴剤によって乳白色に染められた柔らかなお湯が零れんばかりに満ちていた。

 桐島は取っ手の付いた洗面器で湯をすくい、奏太の体に掛け湯をして、抱きかかえたままそっと湯船に入った。


「熱くありませんか?」

 大丈夫と軽くうなずくと、執事は深く腰を沈めた。

 ちょうど桐島の鎖骨あたりまで浸かる深さの湯船の中、横抱きにされた小柄な奏太の体も執事と同じくらいお湯の温もりに沈む。

 冷め切った体に、ミルク色のお湯からゆるりと熱が伝わって、奏太は、ほぅと小さく息を吐き、桐島の肩に頬を寄せた。

 視線を上げれば目の前に桐島の血管の浮き出た首筋が見える。

 それは己とは全く違う鍛えられた男の身体。

 腕が自然に桐島の首筋をとらえた。

 両手を回してその浮かぶ血管に口付ける。


「かっ、奏太さまっ」

 慌てた桐島がおやめ下さいと奏太を見つめる。

 だがそれを見返すことはせず、奏太はもう一度唇を触れさせた。


「……桐島……」

 執事、やめるの?と続けることは出来なかった。


 今、ふれあっている愛しい身体がもうなくなるのだと思うと、ほしくて欲しくて、どうしようもなくて。


 桐島が、いなくなるなんて


 キスも、出来なくなるんだ

 笑顔も、もう見れないんだ


 
 傍にいて欲しいのに


 桐島

 お前が欲しいのに


「桐島……キスして」

 小さな声でつぶやいたら、執事の大きな手のひらがそっと己の顔を包んだ。

 目をつぶった奏太の唇に執事のあたたかく厚い唇が重なる。

 だだっ子を宥めるように、ちゅ、ちゅ、と啄むキスを繰り返す桐島に痺れを切らして、奏太はその唇を舌で割り開いた。

「んっ……っ」

 心地よいお湯に包まれて冷めた身体が温もりを取り戻していくだけでなく、深まったキスがその奥の欲望をたぎらせていく。

 桐島……
 桐島……
 抱いてよ、ボクを


 奏太は執事の首に回していた腕をほどき、チャプンとお湯に沈めると桐島の腰にある白いタオルをまさぐって執事のモノを掴んだ。

 逞しい体がビクンとふるえた。触れたソコはほんの少しだが硬度を増している。


 桐島も、ボクを欲しがってるの?
 ねえ、教えてよ
 桐島はボクの執事でしょ?

「きりしまぁ、しようよ……セックス」

「奏太さま……それは……」


 戸惑う桐島に、甘えた声から主の声に一瞬で変えた奏太が、もう一度言う。

「して、今すぐ」

「……奏太さま……」

「出来ないの?こんなになってきてるのに?」

 握った男のペニスをもっときつく締め上げた。

「っうっ」

 顔をしかめて小さなうめき声。

 それすらも、愛しい。


「桐島、おまえはボクの執事だろう?言うこと聞いて」

「奏太さま……お体に触ります。こんな……」

「今すぐ出て行ってもいいよ。パパに言うけどね」

「それは……」

「いやでしょ?バレるの」

「いえ、わたくしが心配しているのは、あなた様のことだけです。わたくしなどどうでもよいのです。あなたのことを旦那様が責めるのが、本当に辛いのです」


 いつでも、ボクの為なの?

 おまえは、何のために生きてるの?
 おまえは、欲しいモノなんてないの?

 いつもボクのことだけ考えてたの?

 仕事だから、ボクのことだけを考えてたの?


「ボクのため?なら、セックスしよ」

 じゃあ、今は、考えて

 ボクのことだけ

 ボクの執事の間だけは

 ボクのことだけを
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