寄り添い花シリーズ

□寄り添い花
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霧島『託した言葉』

☆☆☆☆☆
 
 朝の目覚めは、とても爽快だった。

 早朝5時。ベッドから身体を起こし、グレーのカーテンを開けて外を見ればまだ真っ暗ながらも夜が明けるのを名残惜しむかのように星座がきらめいていた。

 南西の空には冬の大三角をなす星の一つで、星々の中で一番明るいオオイヌ座のシリウスが青く光り輝いている。

 今日は11月29日。奏太の誕生日。朝から彼の誕生祝いパーティの準備でメイド達を筆頭にこの屋敷仕える者は大忙しだ。

 だが夕方から始まる誕生会を待たず、自分はここを去る。彼の15の誕生祝い。それがまさか自分が去ることだとは、なんだか笑える。

 だが8年、彼に仕えてきた結果なのだから、甘んじて受けよう。


 桐島は今日で最後となる執事服に身を包み、仕事へと赴いた。屋敷すべてに異常がないか安全チェックをし、各所で仕事にいそしみ始めたメイドなどの使用人に挨拶をする。

 これだけで広い屋敷を見るにはかなりの時間がかかる。一通りチェックを終えて時計を見れば6時半。キッチンへ赴き主の朝食の準備を始めた。

 手早くいつものように朝食をダイニングに運び、カラトリーをテーブルに並べる。朝食は軽めなので準備はあっという間に終わってしまった。


 すぐに奏太の寝室へと赴き懐中時計を確認。時刻が7時になったと同時にカチャリとノブを回して扉を開ける。

 いつもは何も感じない簡単な動作ですら、最後だと思うとなぜか愛おしくなった。

「奏太さま、おはようございます」

 こう呼びかけるのも今日が最後。

 部屋の中を見れば奏太は既に起きていて、白い羽毛布団を少しめくり上げてベッドの端に腰掛けていた。

「お目覚めでございましたか」

「おはよう、桐島」
 
 振り返った主にレースのカーテンの隙間から朝日が差し込んでキラキラと淡い栗色の髪を彩った。

 彼を美しいと思うのは、きっと欲目からではないだろう。

 幼さの残る端整な顔立ちが憂いと聡明さを含んで、ゾクリとするほどの色香が漂う。

「おはようございます。お誕生日おめでとうございます、奏太さま」

「ありがとう」

 少しだけ笑った奏太は、すぐに視線をそらせて、カーテンの向こうを見つめる。

「今日で終わりでしょ」

「はい。この8年ありがとうございました。後任が決まるまでは唐沢が智さまのおそばにおりますので」

「唐沢は断った。パパにも言ったんだ。ボク専任の執事はいらないって。もう15だもの」



「そうでございましたか。わかりました。朝食後にはお父様も唐沢もこちらに来られますので、そのときに唐沢と話をいたしますね。……さあ、お食事に参りましょうか」

 そっと奏太を促せば、立ち上がった彼はすぐに服を脱ぎ着替え始める。露わになった肌は日差しを受けてより白く光った。

 それに触発されて、ついこの間、浴室でその白肌が赤に淡く染まるほどに彼を激しく抱いた己の記憶が、痛みとともに押し寄せた。

 あの時は、止められなかった。「セックスしよ」と言ってきた彼の瞳は、欲情に満ちていて、たとえ身体だけだとしても、己を求められていると思った瞬間、理性が飛んだ。

 奏太を抱きしめて、キスをして、柔らかな白肌をなめ、指で攻め立て、彼の口から漏れこぼれる喘ぎ声にオカシくなった。

 求めてしまう
 奏太さまのすべてが欲しくて
 その声に奏太さまの思いが自分に向いているかのように錯覚してしまうんだ

 愛しくてたまらなくて、「入れて」と訴えた彼を後ろから掻きいだいたら、彼の口から「かきりしまぁ……」と名前を呼ばれた。


 胸が、喉が、締め付けられた。

 息をすることすら出来ないほどに。

 膨れ上がった愛しさが、出口を求めて暴れ出す。


 −あなたを愛してるー


 苦しくて苦しくて、この想いを伝えたくて仕方なくて、その衝動を抑えるために、許可も得ずに彼の唇を奪った。


 つないだ唇の奥で、何度愛してると叫んだだろうか。

 伝えるわけにはいかない。

 自分は、ただの執事として、去らなければならない。

 主に恋慕する執事がいたなどと、悪しき記憶を彼に植え付けてはいけないのだ。



「桐島?ダイニングに行かないの?」

 精神の深くに沈んでいた意識が奏太の声で浮上した。


「は、はい。参りましょう」


 着替えを終えた奏太とともに、カツカツと靴音をならして桐島は最後の二人の朝食に出かけた。
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