寄り添い花シリーズ

□寄り添い花
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奏太『対極の二人』

☆☆☆☆☆

 桐島の胸は、とてもあたたかで、気持ちがいい。

 絹の柔らかな肌触りを楽しむように、その白いカバーに包まれた羽毛布団の中、裸で泳ぐ奏太は温かさを求めて、すぐ傍にいる自分と同じく裸のままで横たわる桐島にすり寄った。


「奏太さま、申し訳ありません」

 でも聞こえてくる言葉は謝罪。そんなこと聞きたい訳じゃない。

 奏太は腕を執事の背中にまわして、厚い胸板に顔を埋めた。

「謝るな」
「申し訳ありません」

「だから謝るなっ」

「……奏太さま、お身体、大丈夫でしょうか」

「すごく気持ちよかったから」

「それは……うれしゅうございます」

 困ったように呟いた執事が、ぎゅっと己の体を抱きしめてきた。触れた裸の胸からドクドクと桐島の心音が響いてきて、そっと奏太はその胸に頬ずりをした。


 ああ、桐島、もっと、ボクを抱きしめてよ

 ねえ、好きだって言ってよ


「奏太さま……ココアお入れしましょうか?」

 耳に届いた己を呼ぶ愛しい声が、幻覚と分かっていても好きだと言っているように聞こえて、奏太はまわした腕により力をこめた。


 奏太が桐島に抱かれるようになってから、3ヶ月が経とうとしている。

 だが、何度抱かれても、桐島は謝罪と奏太の体を気遣う言葉しか言わなかった。

 桐島にとって、この行為は主の欲望の手伝いをしているだけなのだ。


 そんなこと分かってる。

 初めて桐島に抱かれた時すらそうだった。


 迫ったのは、ボクだ。

 望んだのは、ボクだ。


 ボクだけ。 
 



*****


 執事室に行ったのは、寂しかったからだった。

 桐島の手で果てた後、一人布団に潜り込んだのはよかったが、なぜか寂しくて、寂しくて、桐島に抱きしめてほしくてたまらなくなった。


 奏太は淡い水色をしたパイル地で出来た優しい肌ざわりのスリッパに素足を押し込んで、白い寝着のまま、桐島の部屋に向かって静かに白い大理石の廊下を歩いた。

 廊下に等間隔に並ぶ真鍮に縁を囲まれたアンティークなガラスのランプが、オレンジ色に光ってほんのりと白い床を照らす先に、執事の部屋がある。

 それを目に入れたとき、白い空間の中にメイドの黒いドレスが目的のドアの前で揺らめいたのが見えた。


 まるで、デジャブ。


 雪景色の中、桐島とキスをしているメイドを初めて見た記憶が脳に鮮明によみがえり、その瞬間、嫉妬心と独占欲とがボトボトと溢れて零れた。

 思わず駆けだした奏太は、少しだけ開いたドアの向こうに見える姿を見据え、その声に耳を澄ませる。

『わたくしは執事の勤めを果たしているだけですよ。奏太さまが望めばなんでもして差し上げます。それとあなたが私を好いていることと、共通点など何一つありません』

『好きじゃなくても、坊ちゃまを抱けるんですか……っ』

『執事としての仕事です』

 その一言に体にみなぎっていた黒い感情があっという間に消えうせて、ヘタヘタと奏太は廊下にしゃがみ込んでしまった。

 白い絹で出来た薄い寝着が、易々と大理石廊下の冷たさをヒヤリと伝える。

 はたり、はたり、と涙が出て、その白い絹と床を濡らした。


 分かってた

 仕事だって

 キスをせがむ自分の口を喘ぐしかできないくらいに貪る唇と舌も

 果てるまで幼いペニスを擦りあげる手のひらも

 何もかも、仕事だって

 だけどだけど……
 桐島……ボクは……


『っきゃあぁぁっ』

 その悲鳴に泣き顔を上げた奏太が見たものは、目の前の女に激しくキスをする愛しい男。

 その唇が首から下へと移動して、男の手のひらが、女の服をはぎ取っていく様を涙で揺れる視界の中、食いる様に見つめた。

 白く光る柔らかな胸を食べられて喘ぐ女。

 細腕を伸ばして執事の服をはだけさせ、欲しそうにペニスをまさぐる華奢な手。

 顕れた大きなそれを体に受け入れた瞬間『ああっっ、、桐島さまっっ』と甲高い声でメイドは執事の名前を呼んだ。

 揺れる度に女は喘ぐ。

 額から汗を散らしながら攻める男の顔は、いつもの彼とは違った。

 優しさなどかけらも感じられない、だだの男だった。


 桐島は、あんな顔するの?

 いつも優しくて、笑ってて、怒っても必ず後で笑って抱きしめてくれた桐島が、あんな、獣みたいな……


 狂ったように喘ぐ女とそれを揺らす男から目をそらした奏太は、冷たく光る大理石にうっすらと写る自分の顔をみつめた。
  
 

 ボクは、メイドじゃない
 ボクは、女じゃない
 
 ボクは……


 気付けば喘ぎ声がやんでいた。

 すっと立ち上がった奏太は廊下の壁により掛かり、涙を拭く。

 暫くして、『申し訳ありませんでした』という声と共に扉が開きメイドがふらりと出てきた。
 ぼうっとした顔の彼女は隠れていた奏太に気付かず、廊下を進み去る。

 それと入れ替わるように、ドアの前に歩み寄った。

 そして

『桐島、今の、あれがセックスなの?』 


 驚きの表情を見せた執事を、奏太は主の顔をして見据えた。


 ボクは、女じゃない

 ボクは、メイドじゃない

 ボクは、主でしかない


 ボクは……ボクでしかないんだ

 だったら……


『教えてくれる?このあとのこと』


 笑顔の下で、奏太は決意をした。


 ボクは従える側

 桐島と対等なわけはないんだ


『脱いで、桐島』

『奏太さま……っ』 

『聞こえなかったの?脱げって言ったんだよ。今からしよう。ボクと、セックス』


『お許し下さい』と廊下と対極の真っ黒な御影石の床に手を付いて跪いた桐島を見下ろし、奏太は再び笑う。

『出来ないなんて言わせない。ボクも気持ちよくしてよ。メイドがあんなに喘いでたんだから、気持ちよくない訳ないでしょ』


 スッと寝着の白いくるみボタンを外して脱ぐと、それを桐島の頭にパサっと落とした。

 絹で出来たそれは柔らく流れる黒髪に滑り、執事の首にまとわりついて止まった。

『桐島、命令だよ。ボクを抱いて。気持ちよくして、あのメイドよりももっと』

 そっと執事の前にしゃがんだ奏太は、冷たい黒い床の上で震える桐島の右手の甲に、己の小さな左手のひらを重ねる。

『おまえはボクの執事だ。主が望めばなんでもするんだろう?』

『お許し、下さい。奏太さま.......っ』


 手だけでなく桐島の声も震えていた。そしてパタっと彼から落ちた水滴が黒い床にシミを作った。

『泣いてるの?でも、命令だから』

 たとえ仕事でも、男なんて抱きたいなんて思うわけはない。


 でも

 従ってもらうからね

 おまえは、ボクの物


『しないなら、パパにお前とメイドのこと、言うよ?そして、ボクにキスして、毎晩この手でボクを気持ちよくしてることも』

 桐島の右手の甲に爪を立てガリガリとかきむしった奏太は、涙で濡れた顎に手を掛けて無理矢理上げさせ、その唇を執事に教えられた技を使って深く犯す。


 執拗に攻め絡みあう唇の隙間からこぼれたどちらとも分からない唾液が、涙のように床にシミを作り続けた。
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