Monsterシリーズ

□Monster
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 結城さんと初めて肌を合わせたとき、彼が初々しい反応を示す事に驚いた。

 まさか、今まで一人も恋人がいなかったなんて。

 俺をあんなに誘っていたのに、セックスもまともにした事が無かったみたいだ。

 だけど、彼はものすごく敏感で、ありとあらゆるところが性感体みたいに全身で俺を感じてくれた。

 俺も興奮して、我慢できなくて彼の中に欲を放ってしまった。

 彼とのセックスの高揚感は体験したことがなかったものだった。

 結城さんは男の人なのに、彼の声も、彼の体の感触も、これまでの女性とくらべものにならない。

(もっと聞かせて、もっと俺を求めて)

 止めどなく湧き出てくる欲望が俺を追いつめて、結城さんに会うときは、必ずセックスをしてしまう。虜になったみたいに。
 だけど、夜に会ってセックスして、朝起きて分かれるという事ばかりしていては恋人になった感じもしない。

 ちゃんとしたデートもしたいな、と思っていたので、付き合って3週間目の土曜日、俺は彼を誘った。


「結城さん、今日、今から出かけませんか?」
「え? お出かけ?」

 2人並んでソファに座り、土曜の朝、面白味のかけらもないテレビを何となく見てた結城さんが俺を見る。ふわふわの甘い顔で。そんな無防備な顔を見せられたら、また欲望に流されそうになった。昨日も彼を抱いたというのに。

「俺の仕事が日勤夜勤など不定期で、あまりでかけられませでしたし。デートらしきデートってまだ一度もしてませんよね。もちろんおうちデートもいいんですけど」

 欲望を押し殺して出来るだけ冷静に話した俺だったけど。

「・・・・・・俺、家ん中でいいよ」

 ふっと、顔を逸らして彼は言った。

「外は、嫌いですか?」

「人混みが、ちょっとね。百貨店とか、苦手」

 そう言った彼は少し寂しそうにはにかんで、もっと顔を逸らす。

「じゃあ、人混みじゃない所に行きませんか?」

 それでも、家にいるばかりではこれまでと変わらないと思い、何とか彼を連れ出そうと言葉を続けた。

「人混みじゃない所?」
「ええ」
「どこ?」

 背けた顔をこちらに向けて瞳にハテナマークを作った彼。少し考えて俺の導き出した場所は、高校生のデートコースか? というような場所だった。

「動物園とかいかがですか?人は、そこそこいるかもしれませんが、みなさん、動物を見るのに夢中ですしね」
「・・・・・・動物園、小学校以来だよ」

 少し考えた顔をした結城さんは、にこりと笑ってオッケーを示した。

「じゃ、決まりですね。早速行きましょう」

 俺は彼の手を取り、ソファから立ち上がる。ふふ、と結城さんが笑った。まるで、溶かしたマシュマロみたいに甘い笑顔。
 そんな彼をそのまま胸に抱きキスをした。

「っ・・・・・・ぁふ」

 彼の声は麻薬みたいに、耳の中にとろけていく。

 ああ、このまま抱いてしまいたい。
 淫らな誘惑に駆られる。

 クチュッ、と音を発てて唇から離れると、潤んだ瞳がうれしそうに笑った。

 「マキの唇。おいし」

 ゾク、と腹の奥底が沸き立つ。
  この人は気付いているのだろうか。こんなにも、誘っていることを。
 無自覚なら、なおさらひどい。せっかく動物園デートに行こうとしたのに決意が鈍ってしまう。

「結城さん、さ、行きましょう」

 俺の唾液でほんのり濡れた彼の唇を指で拭うと同時に欲望も拭って、俺は出発の用意を始めた。



*****


「たくさん、いますね」
「お尻赤ーいっ」

 俺たちは今、猿山を見ている。丸く深く掘られた地面に、こんもりと人工的に作られた山がある。
 人工の木を掛け合わせて、丸太渡りやジャンプなど出来るように遊べるようになった猿山には、30匹ほどのニホンザルがいた。

「ほら、小さい赤ちゃんザルがお母さんにくっついてますよ」

「かわいーなー。ママのおっぱい、きもちいんだろうなー」

 母親に甘える小猿を、深くかぶった野球帽の奥から愛おしそうに見つめる結城さんに、俺は微笑んだと同時に、気になっていたことを少し聞いてみた。

「猿もお母さんにはああやって甘えるんですね。そう言えば、結城さん一人暮らしですよね。ご両親はどちらに?」
「あ、ごめん、俺、2人とももういないんだ」
 
 だけど、帰ってきた言葉は想定外で。
「え・・・・・・そうなんですか。すみません・・・・・・」
「なに謝ってんの?別に悪いこと聞いたわけじゃないじゃんっ。次、いこっ」

 思わず動揺した俺の謝罪をさらり流して笑う。そしてぎゅっと俺の手を握って近くの動物小屋へ連れて行った。
 うれしそうに俺の先を歩く彼の後ろ姿を見ながら、少し思った。 

 彼は、どんな子供時代を過ごしたんだろう。
 彼は、これまでどんな人とどんな風に過ごしていたんだろう。

 初めての夜、俺の腕の中でゆっくりと快感に濡れて華咲い結城たさん。

 あんなに淫らで綺麗な彼を、今まで彼を抱いた人は見ていなかったのかと思うと、うれしい反面、ものすごくもったいない気がした。

「ああ、マキっ、虎だよっ、あ、あっちにライオンもいるっ」
 
 次のエリアは猛獣らしい。
 
 あちらこちらに大型のネコ科動物がその大きな体をゆらゆらと揺らせながら檻の中をゆっくりと歩いている。
 きっと、見に来ている人間をエサだと思っているに違いない。

 結城さんは俺の手を離し、ライオンに駆け寄った。
 
 大きな雄のライオンは、少しくすんだ茶色のたてがみを春の風になびかせながら、少し小高い木の上でくつろいでいた。

「すごいっ。かっこいいなあーっ」

 感嘆の声を上げた。小学生以来と言っていたし、うれしいんだろうな、と俺は彼を見て少し笑った。
 ライオンの隣の檻に視線を送ると、そこにはチーター。しなやかな体を惜しげもなくさらして、凛と立っていた。

 なんて綺麗なんだ、と思ってチーターを見ているとガチャ、とチーターの檻の奥のドアが開き、飼育員の人が入ってきた。どうやらエサの時間らしい。

 巨大な肉の塊が、チーターに向けて投げられた。それに、かぶりつくチーター。
 
ーゴリ、ゴリ。

 肉の骨とチーターの歯がこすれる音がする。口や前足を朱に染めて肉をむさぼる動物。
 野性味あふれるその光景は、調理済みの色彩豊かな人間の食事とは違うが、心を打つ。
 生きる、とはまさにほかの動植物の命を食すことなんだ。社会で生きていると忘れそうになるそれを思い出させてくれる。
 命ある限り、人も結局は命を他の生き物からもらって生きていると思えば、食事を残すことなんて出来やしないな。

「うわ・・・・・・っ」

 いつの間にか隣に来ていた結城さんが、息を呑んだ。

「すごい光景ですね」

 ぎゅっと、俺の腕を握った彼は、くいる様に食事中のチーターを見つめている。

「・・・・・・美味しそう」
「えっ?」

 聞こえた彼の小さなつぶやきに驚いた俺は、彼の帽子のつばをクイともちあげて、その顔を見つめてしまった。


「あ、美味しそうに食べてるなって、すごいねッ」

 うるんと瞳を光らせ、ふふと笑った彼は、次へ行こうと俺の腕をポンとたたき身を翻した。 
 
「あ、待って下さいっ」

 少し早足で猛獣エリアを出て行こうとする彼を、俺はあわてて追う。

 結城さんはまるで、小さなネコみたいだ。

 気まぐれで、つかめなくて、なのに、目が離せない。

  

 あなたの気持ちが無いことに泣いたあの日。
 今泣くことは無いけれど、不安は胸にくすぶる。
 結城さん、あなたは俺が、好きですか?

 走って彼を追いかけて、捕まえた俺は、そのまま建物の影に隠れてギュッと抱き締め彼に軽くキスをした。

「マキ、誰かに見れるよ」

 なんて言って笑った彼は。本当に可愛い。
 俺にはじめで抱かれようとしたときのあなたの笑顔より、今のあなたの笑顔が、すごく幸せそうに見えるのは、俺の気のせいでしょうか?

「動物園、楽しいですか?」
「うん、たのしいっ、早く次に行こうよ」

 動物園より、俺と一緒にいることが楽しいと、いつか、言って欲しい。

 ほほえむ彼をもう一度俺は胸に抱き締めた。


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