Monsterシリーズ

□Monster
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あなたへの疑惑が

☆☆☆☆☆



 5月の満月の夜、結城さんに出会ってもうすぐ2ヶ月が過ぎようとしている。
 毎晩とは言わないが2、3日に一度くらいの頻度で彼を抱くのが当たり前になっていた。

 だけど、あなたにとって
 俺は体だけの関係なのか・・
 俺の事が好きなのか・・
 まだわからない。

 一緒にいる間に、彼の屈託の無い笑顔がたくさん見られるようにはなったけれど・・・・
 彼が俺に微笑み返してくれる事も、抱いた後に幸せな顔をしている事も、何もかも、いい方向に考えたいけれど・・・

 結城さん
 俺は今も
 いや、出会った時よりも更にあなたが好きになっているんです。
 あなたは少しは俺の事、好きになってくれていますか?


  *

「マキー。朝ご飯できたよ」

 結城さんはよく俺にご飯を作ってくれる。男だからまあ、適当なご飯だけど、全く作った事のない俺に比べればたいしたものだ。
 でも、ピザ、うどん、お好み焼き。なぜか、いわゆる粉ものと言う料理ばかりだ。
 本人に聞くと「固いものは、俺、お腹壊すの。やらかいものとか、消化にいいモノとか、そう言うのしか食べられないから。飲み物さえあればいいくらい」と言っている。
 結城さんは不思議な事だらけだ。
 キスして、気を失うこともそうだけど、セックスしても、毎回気を失っている。
 しかも、後の処理が大変で嫌だろうと思っていたのに中で出して欲しいらしい。

「マキ?ご飯できたよ?」

 言われてぼーっと考えていた事を頭の隅に追いやり、食事をする事にした。朝食はいつもパン。スクランブルエッグ。そして野菜と果物の手作りミックスジュース。
 ミックスジュースは消化にいいからだって言っている。俺は食に対してこだわりも無いから、どんなものでもいいんだけど。
 朝食も終わり、俺は後片付けをしていた。片付けは俺の担当。結城さんは俺よりも早く出社するから。
 お皿やコップを洗うのは簡単だが、ミックスジュースを作るのにいつも使用するミキサーが、少しめんどくさい。食材をかき混ぜて粉砕する羽がかなり奥にあるから。

「っいったっ」

 洗っていたら、その小さな回転羽が俺の手に落ちてきて、俺の中指の先端を斬りつけた。
 小さい割に良く切れるんだな。
 とりあえず、しみる痛みを我慢して洗い物を終わらせてから救急箱を取り出す。

「いってきま・・・・・・マキ?」
「ああ、ちょっと指を切っただけです」

 救急箱を開けていた俺に驚いて結城さんが訊ねてきた。
 血が傷口から溢れて、手のひらに流れてくる。思ったより深く切っているのかもしれない。

ーパクッ

「え?」
 指が急にあったかくなったと思ったら、結城さんが俺の切れた指を口に含んでいた。
 チュウチュウと吸っている。
 別に吸わなくても、薬箱ありますよ。と思ったけど何だか楽しそうに吸っているからしばらくそのままにしていた。

 ……だけど、すでに5分過ぎている。
 しかし、全然やめる様子は無い。

「結城さん?そろそろ、離してもらっても・・・」

 声をかけると、目をつむっていた彼がうっすら瞳をあらわにした。
 その時、俺はゾクリと背筋が痺れた。
 潤んだ瞳が半分ほど見えて、まつげがゆらゆらとその輝きを縁取っている。
 恍惚とした表情で、俺の指を一心不乱に舐め上げている彼は、まさに快感に埋もれていた。

「は・・・・・・んっ・・・・・・」

 強烈な色気を放つ彼に興奮して、俺は思わず抱きしめた。

「俺の血が、おいしいんですか?」
「うん。すっごく。あまぁい。もっとちょうだい・・・・・・」

 そう呟いた彼の唇に指をいれたままで、俺はそこに噛み付いた。彼の舌を吸い上げて自分の血の味のする口内を舐め回す。

「ふっ・・・・・・ぁ。」

 カクンと彼から力が抜けた。まだ唾液を飲んでないのに意識を失ったみたいだ。
 そんなに血が気持ちよかったのだろうか?
 結城さんの口元が俺の血でうっすらと赤く染まっている。
 あまりの色気に、このまま脱がして抱いてしまおうかと思った瞬間

 ーピピピピピピピピピピピピ・・・

 甲高い機械音が鳴り響いた。ハッと我に帰って彼からはなれる。
 仕事に出発する時間の合図だった。

「結城さんっ、遅刻しますよ。行かないと」

 意識を失ってた彼を揺り起こした。

「やっぱり、おいしかった・・・・・・」
「・・・・・・結城、さん?」
「あっ、なんでもないっ、やばいっ俺遅刻しちゃうし先行くねっ」

 ドアをバンッと勢い良く開けて。彼は走り去っていった。
 結局出かけるまでに血が止まらなかった中指にきつくテーピングで止血をしてから、俺は仕事に向かっていた。
 指先の痛みが妖艶な結城さんの顔を思い出させる。
 あれは、止血ではなかった。血を舐めとっていたんだ。まるで、甘いアイスクリームを舐めるかのように。
 結城さんは俺の血が美味しいと、言っていた。
 どういうことだろう?

 ふっと、二ヶ月前の疑問が脳裏に戻ってくる。
 空になった血液パック。
 まさか・・・・・・飲んでた?
 
 まさか、まさか
 でも・・・・

 拭いきれない疑惑が俺の心をざわつかせた。

 ーガチャ

「おはようございます」
「おはよう」

 手短に元木課長に挨拶をして、疑問を感じながらも仕事場に着いた俺は気持ちを切り替えようと、意識をモニターに移し替えた。
「牧田、指ケガしてんのか?」
 だが、隣から言われたくない一言が聞こえてきた。
「ええ、残念ながら」
「指は俺たちシステムエンジニアの命だぞ。タイプできなくなったらどうするんだ?気をつけろよ」
「すみません」

 今日の仕事はやりずらそうだな、と俺は思っていた。
 課長の言うようにキーをタイプするスビードが格段に落ちてしまう。それに、この指の使い辛さが結城さんへの疑惑を呼び起こすから。

   *

 その日の午前中は会議や新しく入社した社員へのセキュリティシステムの説明など、せわしなく時間が過ぎていった。
 午後1時になり少し時間の空いた俺は、食後にコーヒーショップへと足を向けた。
「お、牧田さん、いらっしゃーい」
「こんにちは」
 いつも明るい店員の相川さんが、やはりこれまた明るい声で俺に話しかけてくる。
 俺と同じくらいの身長だけど、カフェ店員と言う職業柄か、見た目も声同様明るくて、茶髪の長めの髪の毛に緩くパーマを当てて、耳にはピアスもしている。
 ちょっと女顔のため、それも嫌みなく似合ってて、彼の欠点は注文を間違えるというおっちょこちょいなとこだけだろう。

「あれ?ケガしてんですか?」
「ええ、少しですけどね」
「ふーん、いっつもきっちりきっちりしてると思ってたのに意外と鈍いとこもあるんですねー」
「俺も完璧ではありませんよ。相川さんだっていつも注文間違うでしょ?」
「あはは、確かにっ。でも今日は間違いませんよ。いつものココアですよね?」
「今日はカフェラテにします」
「めずらしー。わっかりました。カフェオレですね」
「カフェラテ」

 俺は故意にココアを避けた。結城さんの大好きなココア。
 彼が美味しそうにココアを飲む姿が朝の血を吸う彼と重なってしまうから。

「あーいーかーわーさーん。俺にカフェモカくださーい」

 そのとき、後ろからなれなれしい感じの注文が聞こえてきた。
 あれ?この声は・・・
 振り向くと思った通りバイオ研究室の佐山さんだった。

 凄く真面目そうな彼だが、先ほどのしゃべり方から想像すると、意外とお茶目なのかもしれない。メガネの下から綺麗な瞳が嬉しそうに相川さんをみていた。

「佐山さんいらっしゃーい。てかさ、ここに来るときくらい白衣脱いだらどーです?」
「俺の仕事着バカにしないでね。そう言う相川さんは休憩する時エプロン取んの?」
「俺はいいの。でも白衣はねー。やっぱりここでは浮いちゃいますよ?」
「あ、牧田さん。こんにちは。この間は役に立てずにすみません」

 佐山さんはこんなやり取りに慣れているのか、相川さんの言葉を無視して俺に話しかけてきた。

「あーあ、もういいっすよ。佐山さんはカフェラテだったっけ?」
「俺がカフェラテです」
「あ、ごめんなさーい」

 反省の色などかけらもなく謝った相川さんの作るドリンクを待ってる間、俺は隣にいる佐山さんに話しかける。

「佐山さん、あれから何かまた変わった事ありましたか?」
「ええ、ネズミのアルビノが10匹も生まれましたよ」
「それは、凄いですね」

「アルビノ? パルミジャーノ・アルビジャーノ?」

 横から声だけで俺たちの会話に割り込む相川さん。それに丁寧に佐山さんは答えた。

「パルミジャーノ・レッジャーノだよ相川さん。しかもそれはチーズ。アルビノは色の白い動物の事です。色素欠乏症って言うの」
「色素? 色が無いの?」
「そう。だから、毛は真っ白だし、瞳は真っ赤。これは瞳に色がない為に奥にある血管を流れる血液の赤色が見えているからですけど」

 血液、と言う言葉に今朝の妖艶な結城さんを思い起こされてしまった。

「佐山さん・・・血液を飲むと人はどうなりますか?」

 そしてつい俺は、彼に訳の分からない質問をしてしまった。

「え? 血液? 飲むんですか?」
 驚いた顔で俺を見つめてきた佐山さん。

「あ、いえ、この間TVで血液を飲む民族がいると言っていたのを思い出したので」

 なんとか嘘で取り繕いつつ、彼の言葉を待つ。

「俺は、血液の事は専門外ですよ」

 質問の答えを避けようとする彼に「でも俺よりは、詳しいはずですよね」としつこく迫った。

 知りたい欲求が強かった。結城さんの事が、少しでも知りたかったから。

「血液って、栄養あるんですか?」

 俺の質問に少し考えてから、彼は口を開いた。

「まあ、基本的に体内に入ればたいていのものは栄養にはなりますよ。血液の大半を占める赤血球、鉄分が豊富ですし。それから、白血球類は病原菌を撃退する抗体を多く含んでいて酵素も豊富。それから液体の部分は、ほぼ水ですけど、ここにも抗体が含まれています」

 ポリポリと頬を軽くかきながら、彼は続けた。

「ですが血液を飲んでも、結局は消化器官である胃や腸で、糖分やタンパク質などに分解されてから吸収されますから、通常の食品を食べて栄養を取る事と大差ありませんけれどね」
「そうですか・・・・・・」

 ご飯を食べる事と変わらない、そう彼は言っていた。

「えー。でもさ、血を吸う蚊とか、吸血コウモリとかいるでしょ? 飲んで何か役に立つんじゃないの? はい、注文品」

 俺たちの話題に、相川さんが出来た飲み物を差し出しつつまた割って入った。


「吸血動物は血液で栄養を補給してるけど、馬が草を食べて栄養を補給するのと同じ事です。そう言う体なんです。食するモノに適した消化器官を持ってるわけなんですね」
「なんかよくわかんないなー。でもドラキュラさんは?」

 そのコメントに含み笑いをした彼。

「いないよ。でもまあ、吸血鬼みたいに血を好む人は世界にもちろんいますけど、ああいう人は一種の精神的な病気と言うべきかもしれません。もしほんとに吸血鬼がいたとしたら、血を飲む事もあるだろうけど・・・・・・確実に人ではなく新種の生き物ですよね。いたら、調べてみたいですね。見た目は一緒でも消化器官や体の細かいところ、遺伝子も人とはまったく違うでしょうし」

 ふふふ。。と笑って佐山さんはカフェモカを飲んでいた。


 そして俺は、彼の言葉に、いつのまにか結城さんを当てはめていた。

 新種の生き物
 見た目は一緒
 消化器官は違う

 見た瞬間に心を奪われるほどの色気。
 そして彼も人。
 いや、人・・・・・・に見える。
 でも食べ物は。消化に良い食べ物ばかり選んでる。飲み物ばかり飲んでる。
 俺の血を、美味しいという。
 よく分からないけどキスとセックスで気を失う。

 無理矢理かもしれないけど・・・・・・当てはまるんだ。
 ひとの姿をしているけど、ひとではない、なにかに。

 例えば、吸血鬼。

 ぐるぐると頭の中を意味の無い想像が駆け巡る。
 なんて、バカな想像をしているんだ・・・・・・俺は。

 それをなんとか振り払おうと、俺はカフェラテを受け取ってすぐに仕事場へと足早に廊下を歩いた。
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