Monsterシリーズ

□Monster
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あなたを抱いて

☆☆☆☆☆

 俺の首に絡まったままの結城さんの腕をそっとほどきながら

「結城さん。そろそろ帽子被って椅子に座っていてくれませんか?」

と、俺はお願いをした。

「なんで?」
「間もなく人が来ます。俺の課長。その人と交代で俺の勤務時間は終了です」
「あなたを独り占めしたいから、帽子、被ってもらえませんか?」
 思わずこぼれた本音が自分でも恥ずかしかったけど、さっきの事件も相まって、俺は心配になっていた。

 俺が月夜の晩に一目惚れした結城さん。誰が見ても一目惚れするくらい不思議な魅力があふれている気がする。
 あの強姦男もバイク便の人も、きっと彼の魅力に取り付かれたのではないか。
 もちろん、俺だってそう。この人が、欲しくて仕方ない。
 ただ、彼らと違うのは、結城さんが俺に恋をしてくれていると言うこと。

 ・・・・・・それすら、嘘かもしれないけど 

 でも、今はこの腕が、唇が俺のそばにあるから。
 それだけは真実。


「わかった。ここ座ってるね」

 結城さんは俺に軽くキスしてから、先ほどまで座っていた椅子にもう一度座り直して、帽子も深く被り直した。



 その直後、ガチャとドアが開いて課長がやってきた。

「お疲れさまー。ってあれ?・・・・・・誰?」
「こんばんは。課長。彼は俺の友達です。今から一緒に帰りますから心配ありませんよ」
「あそ。ふーん。牧田にも友達いたんだな」
「どういう意味ですか?」
「いやいや、ひとと関わる事はコンピュータ管理者たるものの必須事項ですよ。仲良くしてやってね。牧田くんのお友達くん」

 ポンっと結城さんの肩をひと叩きして、課長は俺の隣に座った。

「では、後よろしくお願いします。お先に失礼します」

 俺は結城さんとともに仕事場を後にした。
 だが、セキュリティ管理室のドアが閉まった瞬間、結城さんが俺に抱きついてきた。

「マキっ、キスしてよ」

 俺の返事を聞く前に彼の唇が俺の唇を塞ぐと、ぐっと熱い舌が侵入してくる。

 俺は慌てて彼を引きはがした。
 結城さんは拒否をされると思わなかったのだろう。
 悲しそうな顔をしている。
 でもさすがに、ここでこれ以上は無理だ。

「すみません。ビルを出てからでいいですか?」
「・・・・・・うん」

 とりあえず、手だけ繋いで俺はエレベーターホールへと向かった。
 そして、エレベーターが来るのを待つ間に彼に話す。

「このビルにはあちこちに監視モニターがあります。俺たちのさっきのキスも見事に録られていますから」

「そうなんだ・・・・・・」

 やってきたエレベーターに彼と共に乗り込み、俺は1階のボタンを押した。

「エレベーター内にもカメラはあります。無いのは、そうですね。先ほどの更衣室。さすがに着替える姿を録るわけにはいかないので」

「そっか。だからあのときはいっぱいキスしてくれたんだ」

 2人だけのエレベータの中、繋いだ手をぎゅっと強くにぎり返して彼は答えた。

「あなたと、キス、したいですよ。今すぐ。でももう少し待ってください」


 そして二人でビルを出て、少し歩いて街灯の無い路上の角で、約束のキス。

 彼をきつく抱きしめて
 また気を失うまで俺は口づける。


 だけど、何度キスしても抱きしめても、何か物足りない。

 この満たされない飢餓感。
 なんだろう?


 気を失った彼を抱きしめて塀に寄り掛かり、俺は空を見上げた。ようやく半月が昇ってきて空が明るくなっている。
 その欠けた月をみながら、俺は疑問を整理した。

 今夜、うちに来て、この人はどうするのだろう?
 
 俺は欲望を抑えられない。
 彼を押し倒して思うままにその体を貫いてしまう。
 彼はそれもわかっていて誘ったんだと、俺は感じていた。

 彼は俺に抱かれたいと思ってる。
 でも、なぜ?

 ただ、したいから俺とセックスをするの?
 このキスも、ただしたいからしているの?


 ねぇ、結城さん
 俺に恋してると言ったのは、本当ですか?
 あなたの潤んだ瞳にうつっているのは俺ですか?

 それとも他のなにか・・・・・・?



 エネバイオビルから歩いて約10分。気分転換に空をながめたり音楽を聴いたりしながら家へ戻る道。
 移動時間はロス時間という認識のある俺にとってはこのくらいがちょうどいい。

 だが、今日の10分は今までになく緊張していて、リフレッシュなんて出来なかった。
 結城さんと一緒だったから。

 俺が借りている部屋のある7階建てのマンションへたどり着くと、エレベーターで3階まで登り、自室の玄関扉をガチャガチャと鍵を開ける。彼を促しながらドアを開いた。

「どうぞ、散らかってますけど」
「おじゃましまーす」

 結城さんは一言そう言うと、俺の部屋へと入っていった。

「適当に座っててください。何かお酒でも飲みます?」

 コートを脱いでバッグを片付けながら彼に尋ねる。にこにこと笑いながら彼はソファでくつろいでいて。

「俺、今日はお酒いらないや。甘い飲み物ある?」
「ミックスジュースならありますよ」
「じゃ、それちょうだい」

 俺はパックジュースを2本と、つまみにクラッカーを用意して彼の隣へ座った。

「マキもジュース?」
「ええ、せっかく二人でいるのに、俺だけお酒飲むのは嫌ですから」
「お疲れさま」

 俺たちは音のならない紙パックジュースをコンっとあわせて乾杯した。

「これおいしいっ」
「結城さんはほんとに甘い飲み物が好きなんですね」
「うん。お酒も好きだけどね、あ、コーヒーとかは絶対砂糖とミルク入れるよ」

 ふふっと可愛く笑ってジュースを飲み干す。
 凄い可愛い。
 男に可愛いって言ってもいいのかと思ってしまうけれど、可愛いとしかおもえない笑顔。
 この人がこうやって笑顔でいてくれるのが、俺に笑顔を見せてくれるのが、本当に嬉しい。
 ずっと、笑っていて欲しい。

 さっき夢で泣いてた彼も、俺が笑顔に出来たらいいのに。


「結城さん。悲しい事とか、辛い事とかあったら俺に言って下さいね」
「ん?」
「あなたとお付き合いしているのに、俺は何も出来ないなんて思いたくないから。あなたのそばで、悲しい事も楽しい事も一緒に感じたい」

 隣にいた彼を、ぎゅっと彼を抱きしめて俺は呟いた。

 こんな、気持ちになるなんて
 
 好きすぎて、苦しい・・・・・・

 結城さんは俺を抱きしめ返して言う。

「マキの・・・そばにいていい?」
「いてほしいです」
「うん。いるよ。ここに」

 俺は、そっと彼の頬を両手で包み込む。

「そして、あなたが笑っていてくれたらそれでいい」

 彼の潤んだ瞳に俺の姿が映る。

 それが、真実でありますように・・・・


「結城さん。あなたが、好きです」




 返事を待たずに唇をあわせた。





「・・・・・・マキ?」

 そっと触れるだけのキスに物足りなさを感じたのか、結城さんがすぐに離れた俺の唇を見て不思議そうな顔をしている。
 そして、一言呟いた。

「俺も好きだよ」


「結城さん、お風呂、入りませんか?今から用意しますし」
「うん、入る」

 そっと彼からはなれて俺はお風呂の準備をした。

「結城さん、先に入ってください」
「え?一緒に入らないの?」
「狭いので。それに少し仕事が残っていますから」
「うん、わかった」

 ソファに座っていた彼を脱衣所まで連れて行く。

「タオルとか好きに使ってくださいね」
「ありがと」

 脱衣所のドアを閉めて、その場に立ち尽くす。
 俺は、自分の目から涙が出るのを押さえられなかった。

 さっきわかった。
 彼は、俺を好きじゃないんだって。

 この恋は俺の片思い。


 やっぱりこの飢餓感は嘘じゃなかった。
 あなたの心はここに無い。

 キスして抱きしめて
 きっと体もつないでくれるけど

 でもそれは、俺とあなたの物理的な欲望が一緒なだけ。



 あなたが全部欲しいけど

 今は体だけなんですね





「マキー。あがったよ」

 結城さんの声がする。
 俺は彼に冷たいお茶を用意して、入れ替わりにお風呂に入った。



 あなたを今日、抱いてもいいですか?
 心はここに無くても
 俺はあなたが好きだから

 あなたと一緒にたくさんの事を感じたい
 痛みも
 悲しみも
 喜びも
 快感も


 そして
 いつか
 あなたの心を俺に向けさせてみせます

 あなたの瞳にうつる俺が
 あなたの笑顔の元になるように






 シャワーで悲しみも一緒に出来るだけ流した後、風呂から出た俺は冷たいお茶をグラス一杯飲み干した。

「そろそろ寝ます?」
「うん。もう眠いよ」

 ソファでぼーっとしている彼に声をかけると、眠そうな声で俺を誘う。
 その隣に座ると、そっと結城さんが抱きついてきた。

「あったかい。。」
「お風呂上がりですから・・・」

 彼の頬にキスをして。

「ベッド行きます?」

 そっと囁く。
 結城さんは少し赤い顔をしてうなずいた。

「うん」

 立ち上がった俺にそっと腕を絡めて彼も立ち上がる。

 彼を先にベッドルームへいれて、フワッとベッドに腰を掛けたのを確認してから、俺は部屋の明かりを消した。

 ベッドのそばにあるオレンジ色のライトだけがほんのりと光っている。
 彼の蜂蜜色の髪がその光を受けてキラキラとまたたく。

 俺はそっと彼をベッドへ倒した。

「結城さん。あなたを抱いていいですか?」
「うん。おれもマキとしたいよ」

 彼が俺の背中へ腕をまわす。
 ぎゅっと抱きしめて、俺は彼にキスをした。

 さっきとは違う深いキス。

 あなたと一緒に、気持ち良くなりたいから。

「・・・んっ・・ふっ・・・ぁ」

 甘い声があわせた唇からこぼれる。

 深いキスだけど、あなたの気を失わせたりしない。





 感じて

 声を聞かせて


 今この瞬間は


 俺だけで満たされて





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