寄り添い花シリーズ

□その扉を開けるのは
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『その扉を開けるのは』

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 扉の向こうから出てきた彼を視界にとらえた桐島は、美容室でその美しい栗色の髪の毛を少しカットして整えただけの違いにも関わらず、奏太がなぜかとても大人びて、克つその美しさがより際だっているように感じてしまった。
「……あんまり、みないでよ……変?」
 と顔を赤らめたその姿までもが、どうしようもなく愛おしい。
「いいえ。とても……とてもお似合いでございます」
 自分の声が裏返っているのではないか、と思ったが、それすらも仕方ないことだ。奏太のトレードマークであった綺麗にそろえられたボブカットから、襟足からサイドまで刈り上げるようにカットし、トップは耳は見えるものの長めに残し、その柔らかな髪を綺麗に横に流している。
 美容室に行こうと誘ったのは桐島だった。十五歳の誕生日を終えてからもう一ヶ月以上過ぎ、今は新たな年を迎えた一月半ばだ。この四月からは奏太も高校生となる。病気がちだった為に小中学は通わなかったが、これからは家庭教師と一対一の勉強から屋敷を出て、同級生とともに学舎にて勉学に勤しむことになる。
 これまでの奏太は『出歩く』と言えば父に連れられて会社ぐるみのパーティなどの場ばかり。美容室すら行ったことがなかったのだ。有森家専属美容師の腕は確かで、なにより奏太の幼い頃から変わることのなかったボブカットはもちろんよく似合っていたのだが『高校生らしく』となると話は違う。周りとの協調性は制服だけでなく髪型もそれに含まれるのだ。ただでさえ日本人には珍しい淡い色彩の髪の毛で目立つのだから、せめてヘアスタイルくらいは若者らしく、と考えた上で、あまり出歩いたことの無かった彼に美容室での散髪の提案をしたのだったが、現在桐島の胸には喜びと後悔がせめぎ合っていた。
 今回予約した美容室は有名人もお忍びで通う店で、奥に個室もあり、人目に晒されることが苦手な奏太にはちょうど良かった。しかし腕も良すぎたようだ。(お抱えの美容師のオススメの店だった)若者らしく爽やかなヘアスタイルになった奏太は、これまで以上に美しさが映えている。それは違う意味で彼をより目立ってしまうのではないかと。
 だが「なんか、耳の辺りがスースーする」とむき出しになってしまった耳を軽く押さえて笑う奏太がとてもかわいらしくて、桐島はくすりと微笑えんだ。
「では奏太さま、せっかくですので、このまま服でも買いに行きましょうか?」
「服? いつもは呉服店が屋敷に来てくれるのに?」
 ハテナ顔の奏太に「ええ。この近くに百貨店がいくつかございます。奏太さまと同世代の若い方向けの服がたくさんありますし、社会見学もかねて、一度行かれてみてはいかがでしょうか?」と促せばしばらく考えた奏太が「……桐島が一緒なら、行く」と返答した。
「それでは奏太さま、お召し替えをよろしくお願いします。わたくしもこの黒いスーツですと目立ってしまいますので申し訳ありませんが少し服を着替えさせていただきますね」
 今来ている奏太の服はドレスシャツにハーフパンツスーツと言う街を歩くには少し違和感のある服装だったから、桐島は事前に用意していたカジュアルな服の入った紙袋を彼に手渡した。
「あちらで着替えることができますので」と別部屋に案内して彼を待つ間に自身も着替える。仕事では着ることのないジーンズに足を通し、ジャケットは羽織るもののその下はTシャツというラフな格好。そして奏太は、薄目のサーモンピンクのカットソー、白地に細い黒チェックを施されたの厚手ワークパンツ。それに薄いグレーのダッフルコートを羽織った彼が現れた時、またも桐島はどうしてこんなに似合うのだろうかと改めて奏太のスタイルの良さと美貌に惚れ惚れした。
「その服もとても良くお似合いです。奏太さま、寒くはございませんか?」
 微笑んだ桐島だったが。
「……き、桐、きりし、、」
 奏太は妙におかしかった。桐島を視界に入れるや、ハッと動きを止めてその視線をはずさない。だが直ぐにその場にしゃがんで顔を膝にうずめてしまった。
「か、奏太さまっ、どうなさったのですかっ。どこかお体の調子がっ」
 あわてて彼に駆け寄り声をかけた執事が聞いたのは、思いもよらなかった言葉。
「だって、桐島、カッコいい……いつものスーツだって凄く素敵だけど」
 己の姿に彼が照れるなど、信じられなくて。
「あ、……いえ。スーツは少し堅苦しいかと思いまして……。ですが奏太さまこそ、素敵ですよ。よくお似合いです」
 とだけは言えたものの、何だろうこの気恥ずかしさは。桐島はそれから逃れようと慌てて彼と自分の脱いだスーツをまとめて紙袋にしまい、
「出かけましょう、奏太さま。五分ほど車にお乗りいただくことになります」
としゃがんだままの主を促した。
「……わかった」
 膝から顔をあげた奏太だが、目の前にしゃがむ桐島を見つめるその顔はやはり少し赤い。だがその顔がフワッと微笑みを作り、その両腕を執事の首に絡めさせた。
「か……っ」
 主の名前を呼ぶ前にその唇は愛しい熱にふさがれてしまう。そして直ぐに離れたその唇が「大好き」と綻んだと思ったら、また熱が来た。今度はその奥まで。

 華奢な主の体を抱きしめて、その口付けを全身て受け止めた。それは愛しいと訴えるかのような必死の口付けで、だだ嬉しくて仕方ない。
 このような関係になるなど、思いもしていなかった。彼の傍にいることを悔やんだときさえあったというのに。 

「ん……っ、ふ……ぁ……っ」

 口付けの隙間からしっとりとした声がこぼれる。この声も、この体も何もかもが愛おしい。彼の存在を作り上げるすべてものものが今の桐島にとっては大切でどうしようもないのだ。
 この方に跪き、この方の傍でその行く末を守り助けてゆくこと。彼を愛し傍にいると誓ったあの時から、自分のすべては彼のものなのだ。この方を守れるならば己の命すらも捧げられる。もう後悔などしない。
 しばしの口付けの後、「奏太さま、出かけましょうか」ともう一度彼を促せば、「それって、桐島とデート、だよね?」と恥ずかしそうに微笑んだ主。
「わたくしごときで申し訳ございません」
「何言ってるの? 桐島じゃなきゃボクやだからねっ」
 と元気いっぱいに立ち上がり、さあ行こうとドアに向かい歩き出す。その背中を愛しさを込めて見つめた桐島は素早く彼の傍に歩み寄り、彼の行く手にあるドアを静かに開いた。

 この先、どのような扉があったとしても、その場であなたを守りエスコートするのは、ずっと自分であって欲しい。

 そう願って。


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