クリスマスは君とチョコとクローバーシリーズ
□バレンタインは君と奇跡の味
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バレンタインは君と奇跡の味
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穂瑠くんと恋人になったのはいつか?って聞かれたら困るんだけど、多分彼が俺をほんとの意味でちゃんと意識してくれたのは、バレンタインの時だと思う。
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2月7日
『穂瑠くん、今日おうち行ってもいい?』
これは、俺の口癖。
それは、もちろん彼のことが好きだから、どうしようもなくて。でも彼は、今も俺のこと友達って思ってるのは変わんなくて。
そんな穂瑠くんだけど、いつも『いいよ』って言ってくれて、家に行きたいと言う俺を拒むことなんて、ほとんどない。
家に入っても、お友達だから、くだらない話して、一緒にご飯食べて、お酒のんで、それでバイバイ。
たまに泊まることもあるけど、全然そんな雰囲気にならないし、穂瑠くんあっという間に寝ちゃうし。
てかさ、はっきり言って、拷問じゃないのコレ。
俺は彼に会ったとき二回に一回は「好きだ」って言ってるのに、彼は「ありがとう」って笑うだけ。そして「橋本さんもしゃべれたら好きって言ってくれたかな?」なんて少し寂しそうに言う。
でも、そんな関係も一月以上続けば『異常も正常』的な思考になってしまって、それってもしかして洗脳と言うべきなのかな?
そんないつもの俺と穂瑠君の関係。
今日の夕方、家庭教師のバイトが生徒の風邪でキャンセルになったから、穂瑠くんに何度も繰り返した『おうちいっていい?』攻撃のメールをして、無論オッケーもらって、早速彼の職場である雑貨店『Ever Green』に出向いた。
外は雪がはらはらと降りしきっていて、冬だから当たり前のことなんだけどすごい寒いし、早く彼に会いたいなって思って、黒いライトダウンの前ファスナーをしっかり締めて傘を持ちながら駆け足で彼の所へ急ぐ。
いつもと同じ優しい雰囲気の雑貨店の扉をあければ、
「祐くん、いっらっしゃい」
カラン、とドアの上にあるカウベルが軽やかに鳴り響いて、そして穂瑠君の柔らかい声と笑顔が俺を迎えてくれた。ちょうどドア横の棚を整理してたみたいで、至近距離で穂瑠くんの笑顔を見れて、俺はデレデレ。
いかんいかん、お客さんのいる店で、こんな姿は危険です。
「あったかいなー、店の中」
着ていたダウンを脱ぎながら、本当はあなたの声と笑顔の方が万倍も俺を幸せにしてあっためてくれてるんだよね。なんていつもながら恥ずかしいことを思った。さすがに言えないから
「このカウベル、いい音するね、前に来たときはなかったのに」
って誤魔化した。
そしたら穂瑠くんは
「でしょ。俺も気に入ってんの。少し低めで、きもちいい、あ、違った、心地いいだよね。うん。耳が気持ちいいってかんじかなあ。この間リンが家から持ってきたんだ」
と笑う。
気持ちいい、っていう一言にゾクっとしたのは、健全な男の証拠ですよね。
穂瑠くんといつか、そんな関係になってみたい・・・・・・・って思っても、未だ友達のままなんだ。俺って超ヘタレです。穂瑠くんは、俺の気持ち知ってるのに、なんでいつもはぐらかすのかなあ。
へこんだ気持ちを隠しながら棚整理してる彼のすぐ傍に近寄ると、穂瑠くんは段ボール箱からピンクとか赤色とかハート柄とかの包装紙で包まれた小さな箱達を並べてた。それはバレンタイン用のチョコレート。
そういえば、と店内を眺めたら、特製バレンタインコーナーのところには小学生や中学生の女の子がたくさんいて、彼女たちはチョコを眺めては、うーんと考えて、また箱を棚に戻して、を繰り返してた。
「可愛いね。好きな人にあげるからって一生懸命選んでるの。きっと喜んでくれるよね〜」
って穂瑠くんは小声で俺にささやいて笑った。
ねえ、穂瑠くん、あなたは俺にチョコあげよう、なんて思わないのかな? って思うわけないよね。俺って友達だもんね。
あ、そうだっ。俺が穂瑠君にチョコあげたらいいんじゃんっ。で、好きって告白。
あれ? でも、もう好きって言っちゃってるし、穂瑠くん、俺の気持ち十分知ってるし、あの最初の告白以来ないけど、一応キスもしたんだよね・・・・・・
はあ、ダメだダメだっ、このままじゃ、永遠に友達のままじゃんっ
「祐くん?なに百面相してるの?あんまりそういう顔を店でされると、他のお客さん困るし、迷惑なんだ。用がないなら帰ってよ」
冷たい一言が俺に振ってきた。てか、穂瑠くんのこと考えて穂瑠くんに怒られるなんて、失態もヒドいです。
そのとき、カランと軽やかな音を立ててドアが開いて、またお客さんが来た。
「いらっしゃいませー」
穂瑠くんの声につられて俺もお客を振り返る。と、そこにはなんと、クリスマス目前に俺を振った元彼女がいた。こんなとこで会うなんてびっくりで、というか向こうもまさか男の俺が雑貨屋にいるなんて思ってもいなかったのだろうし、驚いた顔で俺をみた。
「うそ、久しぶり、祐」
「・・・・・・・元気してた?」
苦笑しつつ元カノのそばに歩いていった俺。ちょうどレジにお客さんがやってきたとこで穂瑠くんは何も言わず俺のそばを離れた。
相変わらず美人な彼女。ショートボブをきれいに茶色く染めて、二重の大きな目を囲む長めのまつげをきれいにカールしてベージュのアイシャドウでシックに決めてる。でも唇はグロスで艶々。一目惚れだったな、確か。なんてどうでもいい記憶が戻った。
「彼氏とうまく言ってる?」
社交辞令みたいな一言で美人な彼女と笑みを交わした俺。俺の言葉にうれしそうに笑った元カノは
「うん、あなたは?」
って聞いてきた。
「俺もうまく言ってるよ」
まだ友達のままだけど。
「じゃあ、新しい彼女出来たんだ。よかったぁ」
安堵したような声で言った彼女。まるで保護者です。
「なにそれ、一方的に俺振ったくせに」
少し責める声色で言ったけど、
「悪かったとは思ってるけど、嘘はつけないし」
って悪びれる風もない。女の子って別れたらアッサリしてるよな。まあ俺も彼女にはもう未練もなんにもないから別に気にしないし。
「嘘でつき合うくらいなら、別れる方が何倍もいいよな」
別れて良かったよと俺は返事をした。
そうだ、嘘でつき合うなんて出来ないや。ほんとに穂瑠くんが俺のこと好きになってくれなきゃ付き合う意味はないんだ。なんて自分の言った台詞にいたく感心しちゃった。
「今日はチョコレート選びにきたの。彼氏のとは別に、大学の先生とかサークルとかで配るから」
「へえ、そうなんだ。女の子って大変だね」
「友チョコだけでかなり買うことになるのよ。でも、それだけ貰うしおあいこかな」
「たくさん買ってくれたら、お店も繁盛するよ」
その俺の台詞に
「ところであなたはここでバイト? さっき、あの店員さんと親しげに話してたみたいだし」
との詮索の声色な彼女。
「いや、違うよ」
恋人にしたい人が「あの店員さん」なんですけどね。
「なーんだ。残念。せっかくもっとお近付きになろうと思ったのになあ、あの人と」
彼女はレジでお客の相手をしてる穂瑠くんをちらっと見て言った。
「な、なに?」
俺の胸に、ズク、って不安な陰がきた。まさか、穂瑠くんに興味あるの?
その不安は当たらずとも遠からずで。
「実はね、私の友達が、一目惚れしたのよ。すごいカッコいいじゃない。まずバレンタインにチョコあげて、意識して貰いたいって友達言っててね。どんな人か気になったしチョコ買うついでに見に来たわけ。ねえ祐、あの人、彼女いる?」
にやにやした顔で俺に探りを入れにきた彼女。
ちょっと待って下さい。俺にそれ聞く?
でも元カノが惚れてなくて良かったよ。
「それは、言えません」
「なによっ、いいじゃないっ」
「プライベートは詮索しない方がいいよ。その子にも言ったら?」
「友達は本気で惚れてるの。だから出来ることなら手伝ってあげたいのよ」
その一言は、なぜか俺に怒りを吹き出させた。
「・・・・・・・本気でお前に惚れてた俺をあっさり電話で振るのに、友達には優しいんだね」
「ちょっと、その台詞、イヤラシいわよ」
イヤラシいとは、確かにそうだ。
「叶えてあげたい気持ちは分かるけど、彼にはもう先約がいるからダメだって言っといてよ」
くるっと彼女に背を向けて、俺はさっさとレジ裏のスタッフルームに引っ込んだ。相変わらず段ボールだらけで狭いとこにあるちっちゃなイスに腰を下ろして、フウ、とため息。
さっきのは、本当は怒りと言うより、嫉妬と恐怖だったんだろう。男だってだけで、すでに女より劣ってるんだ。
今、もし穂瑠くんに女の人が近付いたら、俺はあっさりと振られてしまうかもしれない。
怖かった。羨ましかった。
俺はこんなにも彼のことが好きなのに、どうして穂瑠くんは俺をいつまでもただの友達としてしか見てくれないんだろう・・・・・・・
悶々とした気持ちで穂瑠くんを待ってるなんて出来なくて、結局俺は鞄から大学で途中まで訳してた英語の論文を取り出して続きを始めたんだ。