クリスマスは君とチョコとクローバーシリーズ

□バレンタインは君と奇跡の味
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*****

「祐くん、お待たせ」

 彼が俺に声をかけたのは、ちょうど二つ目の論文の和訳が終わったところ。細かい英字ばかりをじっと眺めてた俺は、何度か瞬きをして彼の顔に焦点を合わせる。

「お疲れ、穂瑠くん。終わったの?」
「うん、今日はもう終わり。店も閉めたし、帰ろっか」

 そのとき俺は彼のちょっとした変化に気付いた。

「穂瑠くん、何かあった?」

 元気がない。どうしたんだろう?

「ううん、別に」
「別にって顔じゃないよ?」

 俺の言葉に、たれ目をより下げた穂瑠くんは
「・・・・・・・女の子の気持ちが分かんないだけ」
と言った。
「女の子?」
「そう、ほら、バレンタインって女の子のイベントじゃん。だから、うまく飾り付けられないし、いつも雑貨選ぶときはアドバイスとか出来るけど、バレンタインだけは俺は何も出来ない」

「そっかあ」

 俺は彼にかける言葉もない。俺は雑貨もだけど女の子にチョコのアドバイスなんて出来る訳ないし。

「女の子ってどんな気持ちなんだろう。あ、祐くん、さっきしゃべってた人、この店のこと何か言ってた?」

「え、あ、、いや、何も言ってないよ。チョコ選びに来たって」
「祐くんの友達?」
「ああ、そう、うん」

 慌てて話を合わせた。まさか元カノだったなんて、しかも、振られて穂瑠くんの前で泣いたときの彼女だなんて絶対言えませんっ!!

「彼女、また来ますって言ってたよ。なんか店気に入ってくれたみたいで、次は友達連れてくるって」

 と、友達? それって、穂瑠くんに一目惚れした子だよねっ。うそっ! そんな子連れてこられたら、マジで俺困るんだけどっ。
 だけど穂瑠くんは、淡いベージュのダッフルコートを着てナチュラルな帆布鞄を肩に掛けながらうれしそうに笑った。さっきの落ち込んでた顔は消えちゃっててホッとしたけど、そうさせたのが元カノの一言だって言うのが引っかかる。

「ありがとうございますって言っといた。この店気に入ってくれるなんて最高っ。じゃあ、祐くん、帰ろうか」

 ほんと困るよっ、女の子に来られちゃっ!俺の恋はまだ始まったばかりなのにっ。

 慌てて論文と英語の辞書を鞄にしまって、上着をつかんで彼を追いかける。

 裏口から出て、夜道を歩く俺達に空から雪がはらはらと降り積もってく。寒い人恋しい季節。こんな時は恋人同士なら、手をつないで歩くのになあ。でも、俺と穂瑠くんはそういうこと出来ない。

 ていうか、まだ友達だから出来る訳ないんだ、そんなこと。



*****


「ただいまっ」
「お帰り、お疲れ穂瑠くん」

 穂瑠くんは、アパートのドアを開けるとき、誰もいなくても必ずただいまを言う。それは橋本さんがいたからだって前に聞いた。いつも出迎えてくれたドーベルマンの橋本さんはもういないけど、やめられないって言ってた。
 だから俺は、隣でお帰りを言うことにしたんだ。
 最初、ふふ、って笑ってたけど、今じゃもう習慣みたいになって、その後穂瑠くんも「お帰り祐くん」って言ってくれるようになった。
 
 でも、やっぱり俺って橋本さんの代わりなのかなあ・・・・・・・

 手を洗ってうがいして、帰る途中コンビニで買った晩ご飯をチンして、俺たちは向かい合ってこたつに入る。

「「いただきまーす」」

 二人で食べる食事はいつもこんな感じ。男同士だからしょうがないけど、穂瑠くんが女の子と恋人だったら、その子はご飯とか作ってくれたんだろうな。
 俺の弁当は大盛りの焼き肉弁当。だけど、それを手に付けずに俺は彼を呼んだ。
「ねえ、穂瑠くん」
 目の前の彼は、美味しそうなパンプキンスープとチキンフライを食べつつ、俺に視線を向ける。
「何?」
「穂瑠くん、ねえ、俺、女の子だったら良かったのかな」
「なに? 祐くんは、祐くんだろ?」

 けろっとした顔で俺を見つめる彼を見てたら、よけい胸が苦しくなった。

 俺は、彼が好きなんだ
 女の子じゃないけど、バレンタインも出来ないけど、ご飯も作れないけど・・・・・・・
 俺は、俺は・・・・・・・っ

「穂瑠くん、好きだよ。・・・・・・・ほんとに、あなたが好きなんだ・・・・・・・」

「ゆ、、祐、くん?」

 こたつを抜け出して、ずずい、っと彼のそばまで来た俺は、その両手をぐっと押さえてそのまま彼をカーペットの上に押し倒した。
 
「穂瑠くんと、キスしたい。穂瑠くんを、抱きしめたい」

 呆然と俺を見る彼の唇を、いきなり奪った。

「んっ、、、っ」

 そのキスはパンプキンの味がした。
 穂瑠くんはやっぱり俺を呆然と見てて。 

「な、何すんのっ、どしたのっ」

「俺、何度も言ってるよ?あなたが好きだって、ねえ、穂瑠くん、いつになったら俺を好きになってくれるの?」
「俺は祐くんのこと、好きだよ。・・・・・・・でもそれが、恋かはわかんない」
 
 いつもの俺ならこんなことしないのに、今日は元カノが来たから、そして穂瑠くんに惚れた女の子がいるって聞いたから、多分それのせいで俺はこんなにも不安になってしまったんだと思う。
 分かってるけど、止められなかった。

「それは、俺が男だから?」
「そうだって言ったら、俺のことあきらめる?」

 彼の一言は、俺の不安に拍車をかけた。

「・・・・・・・あきらめたくないっ」

 不安感の衝動にあらがえず、俺はもう一回彼を押さえて無理矢理にキスをした。さっきとは違ってもっと深く奥まで侵す。
 逃げようとする舌を吸い上げて、何度もなで上げて、歯列をなぞって彼の口の中全部と交わった。
 俺のキスでフルフルと彼の身体が震える。「ん、ぅん・・・・・・・っ」と甘い声が漏れて、もうそれだけで、俺はオカシくなった。

「穂瑠くん、好きだ・・・・・・・好きだ・・・・・・・好きなんだっ」

 唇を漸く離して荒い息を吐く彼を見つめて、何度も告白して、そしてすぐに彼の首に吸いついた。

「っうぁっ・・・・・・・ゃぁっ」

 彼の細い両手を左手だけで押さえ込み、そのまま服の奥に右手を伸ばした。触れた肌は温かくてしっとりしてて、そして、首元で嗅ぐ彼の匂いに理性なんて消えていく。

「ぁ、、っやぁ、、めっ、、、っゆうっ、祐くんっ!!」

 だけど、大声と共にドンッと思い切り腹を蹴られた。

「ッグ、、、八っ、、ゴホッっ・・・・・・・っっってぇ」

 蹴られた腹を押さえながら穂瑠くんを見れば、目に涙をためて俺を睨んでいた。

「な、何すんだっ。橋本さんはこんな無茶なことしなかったのにっ、俺の嫌がることなんてしなかったのにっ!」

 その姿と言葉に、訳の分からない苛立ちが沸騰した。

「俺はっ、橋本さんじゃないっ!・・・・・・・俺はっ、ペットじゃないっ!もう大人しく待ってなんてられないっ!・・・・・・・っあなたが欲しいっ!・・・・・・・だって、だって、穂瑠くんが好きなんだからっ!!!」


 叫んでしまったら、ぽた、って目から涙がこぼれた。

「ゆ、、、祐、くん」

 俺の涙で動揺した穂瑠くんが小さく俺を呼んだけど、俺はもうどうしようもなくて、鞄つかんで彼の部屋から飛び出した。


 俺、こんなに彼のこと好きだったんだ
 泣くくらい、好きだったんだ

 振られてないのに、泣くくらい好きだったんだ
 てか、片思いでこんなに泣くなんて、どんだけだよ


 ただ元彼女から、彼に恋した人がいるって聞いただけなのに、こんなに動揺した。


 俺、多分、ずっとずっと不安だったんだ。


 穂瑠くん、教えて欲しい。俺いっぱいいっぱいだよ。

 もう耐えられそうにない。待てそうにないよ俺は。

 
 もう振るなら振ってほしい。



 お願い、穂瑠くん・・・・・・・
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