クリスマスは君とチョコとクローバーシリーズ

□クリスマスは君と二人の記念日
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12月13日(土)


「祐くん、どうだったの? 会社の研修」

 一泊二日の研修(入社説明会と顔合わせ)が終わって、時刻はもうEver Greenが店じまいを終えた頃、俺は穂瑠くんに会いに行った。
 その足取りは、妙に重くって、俺は、水曜に今日会う約束を取り付けた過去の自分に後悔した。

 穂瑠くんはグレーのダウンコートを着て店を出る直前で、そしてマフラーと耳当てと手袋もして、寒さ対策は完璧だった。
 そんな冬仕様の穂瑠くんはもこもこふわふわっていう擬態音がよく似合ってて、スゴく可愛い。そしてさらに可愛い笑顔で俺を見つめてくれる。

「うん、いろんな人がいたけど、みんないい感じだった。配属先も見に行ったけど、すごく綺麗なとこだった」

 彼の質問に、そんな風に当たり障りのない事を言った俺。だけど俺の心の中は『どうしよう。どうしよう……』って不安でいっぱいだった。

「楽しみだね、祐くんもついに社会人になるんだ。んふふ」
「なんで、笑ってんの?」

 穂瑠くんは俺の不安なんて気付きもしないで嬉しそう。

「だって、祐くんさ、希望した会社に内定もらってすげえ嬉しそうだったから。夢だったんでしょ?」

 そうだった。
 俺、5月に内定の連絡もらったとき、あまりのうれしさに穂瑠くんにすぐ電話かけて『受かったよっ!』って叫んじゃったんだ。

「俺の会社、食品とか医療分野での微生物有効活用において最先端走ってるからさ、そこで働けるってなんか奇跡みたいで」
「ふふ、好きなこと仕事に出来るっていいよね。祐くんほど壮大じゃないけど、俺だって雑貨屋で働いてんの、嬉しいし幸せだもん」

 穂瑠くんは俺の夢をバカにすることなくて、そんで俺が大学でやってる生化学の研究だって、カケラも興味ないだろう内容をイヤな顔せずに聞いてくれて、そして『祐くん、たのしそう』って笑ってくれる。
『ごめん、ちょっと専門的すぎたよね』って謝っても『頑張れ』って応援してくれるんだ。
 そんな彼の言葉に、いつも背中押される。
 だから『ありがと』って伝えたら彼は『祐くんだって俺のこと応援してくれんじゃん。たまに店手伝ってくれるしね。でも俺は祐くんのこと、手伝えないから』なんて言う。
 
 そのとき、気付いたんだ。大切な人に夢を応援してもらうって、こんなに嬉しいことなんだって。
 だから俺も、穂瑠くんの夢を、応援したいよ。


「穂瑠くん、ありがとっ。4月からの会社勤めがんばるよっ。新社会人の俺に、先輩としていろいろご指導お願いしますっ」

 穂瑠くんに敬礼したら、
「俺、ただの店員だから、スーツだって着ないし祐くんに指導なんて出来ないよ〜」
っと笑った。

「穂瑠くんのスーツは、茶色いエプロンだよね」
「あははっ、ぜんぜんカッコよくないな。祐くんのスーツ姿と大違い。あ、今ももしかしてスーツ?」
「そうだよ。研修から帰ってきたとこだから」

 着てたコートのボタンをはずして中のスーツ見せたら、穂瑠くんがめっちゃ嬉しそうに笑った。

 穂瑠くん、なんか俺のスーツ姿が好きみたいで、就職活動中に初めてスーツでお店寄った時なんて、顔真っ赤にしてたんだよね。
 で、小さい声で『カッコイイ……』なんて呟くもんだから、可愛くってたまらなくて、営業時間内だったのに思い切り抱きしめちゃったっていう思い出もあったり。

「4月からは、毎日スーツ姿の祐くん見れるんだ」
 
 幸せそうに笑う穂瑠くん。

 だけど俺は嬉しい気持ちより、どうしようっていう気持ちがまた胸に積もっていった。

「穂瑠くん、あのね、そのことなんだけど……」

 俺は、小さな声で、彼に切り出した。

「ん? なに?」

 隠し通せる事じゃない。
 でも、でも、俺と一緒にいられると思ってる彼に、このことを伝えるのは本当に苦しくて。

「俺さ……H県に行くことになったんだ。今日、研修で言われた」

 H県はここから車で高速を走っても6時間以上かかるところだ。
 そこに配属になったって事は……

「H、県……? なんで? 隣の市に研究所があるから一緒にいられるって、祐くん、言ってたよね?」

 穂瑠くんはH県っていう、ここから余りに遠い場所に、唖然とした。
 通勤なんて絶対出来ない距離だ。スーツ姿を毎日見せるなんてことも、絶対無理なんだ。

「隣の市にもあるんだけど、H県に出来る新しい研究所に配属になったんだ。4月の入社までに住むとこ探しておけって」

 俺の言葉に彼の顔が、寂しさで一杯になった。

「……じゃあ、俺たち、離れるってことなんだ」
「み、穂瑠くん、っ、俺はっ、離れてもあなたのこと好きだしっ、大好きだしっ」

 しばらく黙ってた彼だけど。

「でも、さよならだね。ありがとう祐くん、今まで一緒にいてくれて」

 そう言った彼の顔は、出会った頃の、クローバー見て泣いてた時の顔とおんなじで、胸が苦しくて溜まらなくなった。

「穂瑠、くん……」

 寂しく笑った穂瑠くんが、ガチャンと裏口のドアを閉めて鍵をかけて、また言った。

「祐くん、もう会うの終わり。今日でさよならしよ」

「穂瑠く……俺っ別れたくないっ」

 その返答に彼は冷静に言った。

「告白してくれたバレンタインの時、俺さ、『隣にいてくれるなら』って祐くんに言ったよね? それが無理なら、もういいよ」

 穂瑠くんの言葉に俺は返事が出来なかった。
 俺は知ってたから。彼が人一倍寂しがり屋だって事。
 ペットの橋本さんがいなくなってクローバーが触れなくなっちゃうくらい寂しさに怯えてた彼。穂瑠くんが俺に高校卒業間際に事故で亡くなったご両親のことを話してくれたのは、去年の冬だった。
 寂しいって言う感情にあまりに敏感な彼の、その真実を俺に打ち明けてくれたこと、俺はとても嬉しくて。
 そのとき、俺は彼に言った。
『寂しくないように、ずっと一緒にいようね』って。
 それはまるでちょっとしたプロポーズみたいで、言った後に顔を真っ赤にした俺を馬鹿にしたみたいにケラケラ笑う穂瑠くんの顔だって実は赤くって涙ぐんでもいて、それは二人してものすごく恥ずかしい時間だったんだ。

 それは俺の心の底からの気持ちで、今も変わらない。なのに、4月から一緒にいられなくなってしまうんだ。
 傍にいる誰かを失うことがどれだけ悲しいことか、って言うのを身を持って知ってるから『傍にいたい』っていう気持ちがとても強い穂瑠くん。
 だから彼は別れを選んだんだって、俺は気付いてしまって。
 
「バイバイ」

 もこもこの手袋で包まれた手のひらを俺に振って、やっぱり笑顔の彼は立ち尽くす俺をその場において、歩いて去っていった。

 彼と別れたいなんて俺は思ってない。あなたとずっと一緒にいたい。多分、彼だって俺のこと、ちゃんと好きでいてくれて、それは今でもそうだと思う。

 でも、もし付き合っていたとしても、これからずっと離れて暮らしていくなら、穂瑠くんは寂しさに傷ついて涙を流すんだ。

 彼が、さみしいって泣いてるなんて考えるだけで辛い
 傍にいられないのに『俺も我慢してるから、我慢して』だなんて、言えない

 だから、別れることだってきっと、間違いじゃないんだ
 彼をおいていく俺じゃなくって、傍にずっと一緒にいてくれる誰かを、これから穂瑠くんは探すんだろう

 俺じゃなくて……


 そんなことを思ったら、こぼれだした涙が止められなくなった。
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