クリスマスは君とチョコとクローバーシリーズ
□クリスマスは君と二人の記念日
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12月15日(月)
今日もいつもの通り実験してから、遅めの昼ご飯。
この間より早めに終われたから唐揚げ弁当にありつけた俺は、実験室の片隅にある机のいすに座って唐揚げ弁当を食べ始めた。でも俺の横、もう飯を食い終わった池本が寒いってのに、アイスのピノをかじってる。
「お前、なんてピノなの?」
「え? 寒いときこそ、コタツでアイスだろ。コレうまいし」
「旨いのは認めるけど、実験室にコタツなんてねぇし」
「だって俺、さっきまで35度設定の恒温室で作業してたからな。あちぃのよ」
「暑いなら裸で外出たら一気に冷えて気持ちいんじゃね?」
「俺に風邪引けって? せっかくのクリスマス、彼女と一緒に過ごすの無理になったら、お前のせいにするぞ」
「あそ」
彼女持ちの池本、相変わらずラブラブみたいだ。先週末に穂瑠くんと別れた俺とは全然違う幸せそうな声にイラっとして冷たい声を出してしまった。
そしたら、その俺の素っ気ない一言に、付き合いの長い池本は何か気付いたみたいで。
「はれ? どしたの石川。お前、また彼女と喧嘩でもした?」
と、探りを入れてきた。ほんと、付き合い長いって良いんだか悪いんだか。
はあ、とため息付いてから、俺は簡潔に言った。
「……土曜日、別れた」
「うぐっ!」
そしたら、口にほおりこんだピノを喉に詰めてしまった池本。
「んゲッ……っぐ……っ、おま、えっ、なんで別れんだよっ。つか、どやったらそんなに簡単に振られるわけ?」
目にちょっとだけ涙ためて俺を睨んだ。
俺だって、振られるつもりじゃなかったんだ。
つーか、なんで俺が振られる前提なわけ? 確かに振られたけど。
「……先週、俺、研修だったんだ」
「ああ、知ってるよ。就職先の研修だろ? 一泊二日って言ってたよな?」
「そう。そこでさ、言われたんだよ。配属先」
「えっ? マジでっ? どこだよっ」
「H県の総合研究所」
「おおっ、研究所かぁっ。良かったじゃんっ……ん? あれ、H県? お前の会社の研究所って、隣の市にあったんじゃないの?」
「あるよ。でもH県の学園都市にも新しく作ってるんだって。来年の3月末に完成予定で、俺の配属部署は研究施設なにもかも新しいとこに移転するからって」
「ふーん。そんで? 何で彼女と別れたわけ?」
最後のピノを口に入れた池本が俺を見て質問の答えを待っている。
俺の頭の中は、昨日の穂瑠くんのさみしそうな笑顔で、いっぱいになってしまった。
そして、H県に行くことになったって伝えたら振られたことを、簡単に説明した俺。
そしたらアイス食べ終わってコーヒー(ホット缶)すすってる池本が呆れ声を出した。
「はぁ? なにそれ? 遠く行くから別れるって俺的にあり得ないんだけど」
「そんなこと言われてもさ、俺は置いていく立場だろ? だから引き留めれなかった」
「お前、彼女のこと好きじゃねぇの?」
「好きだよっ大好きだよっ」
「引き留めんのにそれ以上に理由なんて要るのかよ?」
「彼、じゃない、彼女さ、一人でいることに怯えてるの。1人になるのを、スゴい怖がってる人なんだ」
「1人が怖いって、だっておまえと付き合う前は独り身だったんだろ?」
「うん、そうだけど、犬がいた」
「犬って……おまえ犬じゃねぇだろ」
「分かってるよ。でもさ、傍にいてくれたペットは家族同然だろ? 高校卒業前に両親とも失って1人で生きてきて、そしてその後、大切にしてたペットも俺と出会う直前に逝ってしまった」
「はあ、要するに家族に執着してたってことか」
「そう。そして俺と出会って、傍にいる人が出来て、それは、彼……彼女にとってとても幸せだったと思う。でも、H県ってここからじゃ、余りに遠いじゃん。ひと月に一回会えるかどうかも分からないんだ。そんなで俺、『遠恋しよう』なんて、言えるわけ無いよ」
「じゃ、一緒に来いよってお前が言えば良かったんじゃん」
さらっと、池本はそう言った。
それは、俺だって分かってた。
でも……勤め先がようやく決まったばかりの、社会人にもまだなってない俺が彼に『仕事辞めて、俺のそばにいて』なんて、どうして言えるだろうか。
なにより、彼は雑貨屋さんで働くことにとても情熱をかけている。俺だけ好きな仕事して、穂瑠くんには好きな仕事辞めろって言えるわけが無いんだ。
「それが言えたら、苦労しないよ」
「もう結婚したらいいじゃん。それこそ、家族になったらいいじゃん」
「だから、それが出来ないから……っ」
言い掛けてあわてて口をつぐんだ。
相手が男だなんて、池本にも言ってないんだから。
そう、俺も、穂瑠くんも男だ。結婚できるわけじゃない。結婚という法的に守られて、様々な控除が受けられて、世間に認められる関係に、俺たちはなれない。
俺たちは、互いに自立して生きて行くしか出来ないんだ。あるのは、お互いの気持ちだけ。
何の保証もないのに、今の生活も仕事も捨てて俺の傍に来て欲しいなんて、言えないよ。
「結婚、考えてなかったの? 俺、院出たら彼女と結婚するつもりだけど?」
「それは、お前がもう、何年も彼女と付き合ってるから……」
「付き合った長さなんて関係ねぇだろ? 大事なのはフィーリング。お前と今の彼女、すげえいい感じじゃん。お前の彼女会ったこと無いけど、お前の話聞いてるだけで、お似合いって分かるくらい、いい感じじゃん」
「ありがとう。でも、結婚は出来ないんだよ……今はね」
『永久に』と言う言葉を『今はね』に代えた俺に、池本は複雑な顔をした。
「んー、じゃ、お前が就職辞めて彼女の傍にいたらいいんじゃね?」
その言葉に、俺は衝撃を受けた。
「……池本っ、そんなこと、俺考えもつかなかった」
「なら、いま考えろよ」
ニヤニヤ笑った池本。
だけど、俺の結論はあっという間に出た。
「辞めるって、俺はイヤだ」
せっかく決まった就職先、この就職難の時代に、大手の研究所に勤められる幸運。
大学の研究よりもっと大きなプロジェクトに携わって、そして社会に役立つ研究成果を残せたら……
それは理系の研究職を志望する人間なら、きっと誰もが思う未来。
今、俺はその入り口に立ってるんだ。
だから、このドアを開けた先に、進みたい。
俺の返答に、ハハハッと池本は声を上げて笑う。
「だろうと思ったよ。男って、そんなもんだよ。夢ばっかみて、現実見ねぇバカ。まあ、俺もだけどな」
夢見る男の傍には、それを応援して支えてくれる女がいるんだよ、俺の彼女みたいな。ってニヤツくこいつ。
でもお互いに男なんだ。俺も穂瑠くんも、お互いに『バカな夢見る男』なんだ。
二人とも夢見てるなら、別れるしかないじゃん。
「どうしたらいいのか、なにが一番正しいのか、そんなの誰もわかんねぇよ。だからお前が別れたことだって、それで良かったのかもしんねぇしな。イイ女にそのうちまた出会えんだろ? 結婚しようが別れようが、俺らの、どっちかが悪いってわけじゃない。夢見ようが現実に埋もれて生きようが、それだってどっちかが悪いってわけじゃない」
まあ、俺は夢見て結婚しようと思ってっけどな。って俺の背中を思い切りたたいた池本が、フフンと鼻を鳴らした。
「なあ、俺ら、まだ20そこそこだろ。今の決断が良し悪しが分かんのは、もっと年取ってからだ。そやって若さのせいで突っ走れるなら、行けばいいんじゃねえの? お前の望む未来ってやつに向かってさ」
「……」
その言葉に、返答は要らなかったんだろう。
池本は「さーて、そろそろ実験結果出てるかな〜。恒温室行ってくるわっ」と笑い、席を立った。
望む未来
俺の、未来は……
もう俺の隣にいない人の笑顔を思い浮かべてしまう。
仕事がしたい、夢みたい
でも、あなたとも一緒にいたいんだ
どうしたらいいんだろう
俺は、どうしたら……
食べ終わってカラになった弁当の入れ物がなぜか滲んで揺らめく様を、俺はじっと見つめ続けた。