パレット

□第一章「春、爛漫。」
1ページ/3ページ

 ハラリと舞い落ちるのは淡く染まる頬の様な桜の花びら達。見上げれば数え切れないほどの花の固まりを惜しげなく春風に揺らす桜の枝。視界をほぼ占拠する花の向こうには薄い青色と白い筋雲がまるで桜に負けたように広がっていた。
 そして、ぺたり、と頬に仄かに張り付く感触。もちろん桜の花が降ってきたんだ。指を顔に滑らせてそれを摘むと、そっと地面に落とす。足下にあるおろしたての革靴の甲にも、いつの間にか桜の花がいっぱいで、今、高校へと続く石畳の歩道を歩く己も含め、周りの誰もがまさに、桜舞い散る花道を歩いてるんだ。

「今日から、高校生かぁ」

 思わずしんみりと声が出た自分に「もっと喜ばしく言いなさいよ、年寄りみたいじゃない」と隣の母が呟いた。
 いつもにまして化粧に時間をかけ、肩までの髪の毛を丁寧にブローして、淡いベージュのスーツを身にまとった40もとうに過ぎた母。

「母さんの準備に待ちぼうけしたからね」
とからかったら、
「そう言う史彰(フミアキ)こそ、高校になる前に身長が伸びて良かったわね、あのままだと、チビフミってずっと言われっぱなしじゃない。それも可愛いからよかったのに。今じゃ、カワイゲの欠片もないわね」
と反撃されてしまった。

 確かに俺は、幼い頃は可愛いね、っていわれてたし、姉の服を無理矢理着せられて(しかも小6の時)女の子に間違われたこともあったけど、今は、充分男っ!サッカー部で鍛えた体は服の上からも分かるだろ! 誰も俺のこと女だなんて思わないよ。実は髭も生えてきたんだから。自分で言うのもなんだけど、結構眉毛も薄い訳じゃないし整えなくてもいける。それにさ、やっぱどう見ても男だぞ俺っ! 別れちゃったけど中3の時は彼女もいたし、イケメンって言われてコトもあるんだよ、これでも一応3回は。(母は絶対『その子目が腐ってるわね』って言うだろうから教えないけど)
 そんでカワイゲなんてなくていいしっ! と、心の中で言い返した。

 まあ俺は中学時代身長がなかなか伸びなくて、実は中3の春、病院で検査を受けたくらいだ。なんだかんだ言って、親も心配してたんだろうな。その時医師は骨のレントゲン写真を見ながら「成長点があるから、たぶんもう少し伸びると思います。しばらく様子を見ましょう」と言った。なんとそれから、あれよあれよと伸びて診察受けた時の160から、今は174という人並みになった訳で。

「1年で14センチも伸びるなんて驚いたけど、おかげで高校の制服も何とか似合うようになったし」

 今来てる制服は紺のブレザーにグレー地に黒と赤いラインがアクセントのチェック柄スラックス。ネクタイはエンジ色。女子も似たような色合いの制服で、結構人気がある。道行く彼女たちはチェックのミニスカから覗く細い足を紺ソで強調してて、やっぱ可愛い。ブレザーの袖からカーディガンの袖が少し見えてるのもなにかと萌えでして。男としてそれは確実に幸せの一瞬。たまに吹いてくる春の突風に舞い上がるスカートの裾も、ドキドキを高めてくれる。中学時代は学ランにセーラー服だったから、イメージも変わって目の保養だ。なんて思ったのは母には秘密。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ