パレット

□第一章「春、爛漫。」
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 ちらと母を横目でみれば「もう身長伸びなくていいからね、制服高いんだから」と現実的なことを言われた。
 そして「そう言えば、アンタ新入生代表の挨拶するんでしょ? しっかりやりなさいよ」と、すっかり忘れてたけどなニュアンスで言葉を付け足した。自分の子供が成績1位入学で代表の挨拶をすると言うのに、なんでこんなんなんだ。

「誰に似たのかねえ。私も父さんも大した頭脳じゃないのに」
「いい加減な親だから子供がしっかりしたんじゃね?」

 ケラケラ笑うと「じゃ、アンタの子供は落ちこぼれになるわね」と、またもやイタいしっぺ返しがきた。さすが母さん。
 くだらない会話のうちに、俺たちは「入学式」と大きな字で書かれた白い布を張り付けた板のある校門の人だかりを「後で撮ろうか」と言いながら通り過ぎ、そのそばに幅3メートルはあろうかというベニヤ板に張り出されたクラス分け表の前までやってきた。
 クラス確認に溢れる人混みに押されながらも自分の名前を探すと、全10組のうちのA組でした。まあ、AからCまでが俺の通う特別進学科だから、3組の中から探せばいいわけで、すぐ見つかったんだけど。

「あ、確か担任に挨拶しに行かなきゃいけないんでしょ?」
 自分の名前見つけてほっとしてたら、そんな母の声で気付いた。

 そうだ。新入生代表挨拶の打ち合わせがあったんだ。

「ごめん母さん、ここでお別れ。式は体育館だしそっち行ってて。俺職員室に寄ってから、教室行くし」
「あんた滑舌悪いんだから、噛まないように気をつけんのよ」
 立ち去る俺の背中に向けて、またもさりげなくイタい一言を言った母だった。


  *

「えっと、職員室は……っと」

 場所が分からなくて、俺は学校の正面玄関すぐ近くの廊下にある校内見取り図を眺めていた。やっぱり高校は中学と違って大きいなあ、なんて当たり前のコトを思っていると「新入生か?」と声をかけられた。
 振り返ると其処には手に大量の紙束を抱えた先生が一人。男の人なのに、すごい綺麗な顔してるその人は、俺よりちょっと小柄で童顔。なんだろ、日本人形って言う感じが一番かも。彫りは深くないけど、小顔で鼻筋通ってて黒目が結構大きくて、うん、やっぱり日本人形だな、しかも女の人系の。
 その先生は濃いグレーのスーツに白地に淡いベージュのチェック柄ネクタイをしてて、綺麗だけど、やはり大人です。だけとこの人、日本人形みたいな顔なのに、髪が茶色。しかも短いし柔らかそうな猫っ毛。てかいいのかな? 染めてて。すべすべして見える肌もなぜかこんがり焼けてるから、運動部の先生?
 なんて思いつつ、その先生に返事をした。

「あ、そうなんです。職員室に行きたくて」

 俺の言葉に、「は? 教室じゃなくてか?」と驚いた声を出した先生。

「呼ばれてて。俺、挨拶す、するんで」
 と、少し言葉を濁しつつ言ったら、なんでかズイッと俺に顔を近づけた先生……っ、っ近いっす先生っ! 手の平ほどしか、隙間っ、空いてないじゃないですかっ!

 目の前に、彼のウルンとした黒い大きな目があって、それに、何だかいい匂いがする。たぶん香水だろうけど、男なのに甘くておいしそうな香り。綺麗な顔といい匂いに俺は、ドクドクと心拍数があがってしまった。

 そしてそのまま、「おまえ、篠原史彰(シノハラフミアキ)、か?」とマジマジ顔を見る先生。

「は、はい、そ、そうです。お、俺のこと知っちぇ、あ、知ってるんですか?」

 動揺でオドオドしたあげく、ちょっと噛んでしまって超恥ずかしいっ。何でこんな時に限ってうまく動かないんだ俺の口!

 そんな俺に、ははははっ、と笑った先生。
 だけど俺、その笑顔に目が離せなくなった。

 くしゃっと顔を笑みで崩した彼は、潤んだ黒目が見えなくなって、小さな口がほころんだ奥にキラリと赤い舌が見える。そして白い歯は八重歯のせいでちょっとだけ乱れてて。
 なんだか、俺、身体の奥が疼くみたいで、ドクドクが止まらない。

「俺、担任だよ。江嶋理比人(エジマリヒト)。よろしくな」

 先生の笑う顔、すげぇ可愛い…… 

 ……あれ?

 先生、男、だろ……?

 なぜか高鳴る胸にあり得ない疑問が湧いた俺だったけど、目の前の先生はびっくりするくらい可愛い笑みから、男前に一瞬で表情を変えると、
「わりいけど、これ、一緒に持ってくんねぇ? 今から教室行くんだ。これ、お前等に渡す書類」
と俺に大量の書類を押しつけた。

 えっ、いきなり小間使いですかっ?
 てゆーか先生っ、その口調、ひどくない? 先生じゃないよっ!

 落とさないように慌ててそれを持ったら、彼はクルッを身を翻してさっさと廊下を歩き出す。

「わっ、待って下さいっ、江嶋先生っ」

 叫んだ俺にピタ、と足を止めて正面玄関の真ん中辺で、俺に振り返った先生。

 その姿に、今度は息が、止まった。
 彼の背後にはちょうど大きく開いた玄関ドアの向こうにある桜が見えて、そして、ドアから入る太陽光に淡い色の髪の毛が煌めいて。

 それはまるで
 ……桜の……花の、妖精……?
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