パレット

□第三章「痛い、日差し。」
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 あっという間に一学期が終わって、夏休みもびっくりするほど早く過ぎてしまった。そして秋になり始まった二学期。だけど学校に集まった生徒たちはみんな、夏休みの名残をそこかしこに引きずってる。
 髪の毛を茶髪にしてた奴があわてて黒くして頭が変にマダラになってたり、女の子の爪が異様に装飾されてたり。
 そんな中、とびきり夏を引きずってる、っていう人がいる。
 誰でもない。江嶋先生だ。

 2週間前の9月1日、新学期初日の朝、HRに入ってきた先生を見たときの生徒のリアクションは、それはそれはハンパなかった。
 ザワツいていた教室が一瞬にして静まりかえり、その直後、大爆笑の渦が巻き起こる。でも渦の中心の先生はケロッとした顔で「みんな楽しんだかぁ? 夏休み」なんて言った。

『せんせーが一番楽しんだんじゃんっ』
『あははっ、せんせー焼けすぎっ』
『もう小麦色通り越してレンガ色だよっ』

 みんなが先生を殊更に笑った。俺は衝撃過ぎて笑うどころじゃなかったんだけど。人間って、あんなに黒くなれるんだね。って思った。
 痛くないのかな? それにせっかくの綺麗な肌が、日焼けのせいでなんか荒れてるしもったいない。
 先生はそれくらい、黒くなってた。

『どこ行ってたんだよ先生〜』
『彼女と沖縄〜? ハワイ〜?』

 なんて声も聞こえて、俺の心臓、別の意味でドキンと動いた。
 そうだ、あんな綺麗でも先生は30歳。恋人の一人や二人いたって可笑しくないんだ。うわ……どうしよう。先生の彼女だなんて、考えただけで、俺、憎らしいよ……
 と考えて、あわてて頭を振った。

 だから先生は男なんだって! 好きとか嫌いとか以前に男なんだってっ!

 バカな感情に振り回される俺とは対称的に、先生は生徒たちの質問にさらっと答えた。

『大人の付き合いに口を挟むな。お前等に報告するようなプライベートはない。くだらないこと言ってないで、とっとと夏休み気分を忘れろ。ほら、宿題持ってこい』
 そんだけ黒い顔を見たら、夏休み気分忘れようにも忘れられませんけど。と心の中で呟いたら
『せんせーが白くなった頃に、忘れるよ』って俺の気持ち代弁するかのように誰が言った。『じゃあ、目ぇつぶってろ』と笑う先生。

 色々間違ってます、その答え。

 そんなこんなで始まった俺の二学期。相変わらず俺は学級委員をしてる。普通は学期ごとに委員会変わるのが当たり前だと思ってたんだけど、先生が言ったんだ。

『変えるのめんどくせぇだろ? 別に支障がないなら2学期はこのままで行くが、それでかまわない奴は手ぇあげろ』

 そしたら、クラスのほとんどが手を挙げて。そりゃそうだ。一番大変な学級委員やらなくてすむんだから。そんなこんなで、俺は今も先生の小間使いな訳だ。


 9月の学校は、毎日の授業プラス運動会の練習というめんどくさい事情もあって、残暑の暑苦しさが充満してる。そんな中、俺はまた先生に呼び出しくらって仕方なく昼休みでざわつく教室から外に足を向けた。

 教室を出る直前、バシィッ!と強烈な音がなった。そしてすぐ後に、
「お、学級委員っ、お仕事おつかれさまっ」
という軽ーい声が耳に届く。でも強烈な音の元は俺の背中なわけで。
 つーかマジで超痛ぇ!

「いってーーっ! このバカ勝山っ、お前も二学期早々手あげて俺に学級委員押しつけたくせにたたくなよっ。お前みたいな馬鹿力やろうが保健委員だなんてこの世も末だっ」

 クラスメイトの勝山(異常な老け顔な奴だ)から、平手打ちという強烈に痛いエールを背中に受けた俺。睨んだがヘラ、っと笑ったこいつ。力の加減ってのを知らないんだ。いつも冗談といえないほどつっこみが痛すぎる。うちのクラスの多くが被害を受けてるこの馬鹿力。保健委員が負傷者出してどうする。
 頭はいいくせに(俺の次に)どうして加減が分かんないんだ?
 あ−ムカつく。

 いらいらしながら教室を出たら、隣のクラス担任の日高保奈美先生がちょうど教室から出てくるところだった。
 日高先生は国語教師。年は30くらいで身長も江嶋先生と同じくらいだと思う。ショートカットなさらさらヘアで銀縁の眼鏡がよく似合う美人な先生だ。まさにデキる女。

 だけど俺に気付いた日高先生が、言った言葉。

「お、金魚のフン、今日もお仕事かい?」

 悲しすぎる。

「日高先生、それは無いんじゃないですか?」

 しかめ顔で抗議をしたものの、「え、じゃあ、小判ザメとか?」とぜんぜん代わり映えしない返答が来た。
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