パレット

□第四章「熟れゆく、果実。」
1ページ/6ページ

 高校の運動会は、思ったよりあっさり終わった。土曜日を使ったちょっとした体育イベント、っていう感じで。はっきり言って中学校の時の方が運動会に気合いを入れてたと思う。応援団長の怒鳴り声とか、手作りの『のぼり』とか『応援パネル』の絵とか凄く印象に残ってるんだ。
 それに俺、体育祭中も学級委員の仕事で東奔西走してて、あまり競技を見られなかったから余計かも。だけとそんな俺にも一つだけ、鮮明に記憶された競技がある。それは午後の部一番に行われた教師による障害物競走だ。
 体育教師の独壇場になりそうなこの競技、だけどそこで繰り広げられたのは江嶋先生の、あまりにも華麗な走りだった。ネットくぐりや平行棒など障害物の無駄のない攻略、そして最後の、お決まりなラストのパン喰いシーン……。

 彼の身長より高い位置にあるパンを、華麗なるジャンプでその口にゲットした先生。

 ああ、あのパンがうらやましいっ!

 そんなムラムラした感情が喉を締め付けた。

 俺は声すら出せなくて、息が苦しくて、両手で口を押さえて先生を凝視してしまってたんだ。
 そして一位でゴールした時のクラスメイトたちの甲高い声援に包まれた先生、眩しすぎた。

 もう、超絶カッコいい。
 蝶が舞うように走り切ったって言っても言い過ぎじゃないと思う。

 いくらダンス部副顧問だからってさ、余りにも綺麗すぎだと思う。あの軽やかな彼の姿、思い出すだけで、ため息。

 そういえば、国語の授業で体育祭の感想文を書いてたとき、ついそれ思い出してにやけたら、日高先生にバレてバシっと頭たたかれた記憶もある。
 日高先生、何かにつけて俺を足蹴にしてるんだ。その時だって『おい篠原、何にやけてんだ。女子の体操服姿でも思い出してたのか?』て言ったし。いえ、俺は江嶋先生のこと考えてたんです、なんて事実を言えばもっと変態呼ばわりされるから、黙ってたけどさ。

 俺は文系だから国語はけっこう得意なんだ。だけどなぜか日高先生は俺をいつもからかう。昨日の古文の時間の和歌作りだって、俺の和歌を読み上げたんだよ。超恥ずかしかった。名前伏せてくれたのは救いだったけど。

 先生が言うには『この歌は情景を歌ってそこから感情をリンクさせて表現する事が出来ていると思う。あと季節感を感じる言葉を選べばもっとイイ』らしい。一応誉められたんだろうか? もう、それすら分からない。

 ちなみに、俺が考えた和歌は【風の中 走る姿に 君の影 ぴたりより添う 疼く我が胸】。
 先生のこと歌ったんだけどね。走ってる影は先生といつも離れない。そんな影に嫉妬したって言う。

 俺の和歌を引き合いに出した日高先生は、
『簡単だけど「風の中」を「秋風と」なんかに変えるだけでもだいぶ変わる。和歌は風景描写を短い言葉で示すことがとても重要。そうだな、例えばこれをアレンジして……【駆ける君 秋陽(アキヒ)のもとに 影沿いて 届かぬ想い 陰に隠した】。秋の陽を浴びて走る君の影はいつも傍にいるのに、自分の思いは伝えられず陰に隠すしかない。そんな恋の苦しみってとこかな? まあ、季節感が無い名句も沢山あるから、一概にはいえないけど、初心者は季節をまず感じてみよう』
って言ってた。
 
 俺は、日高先生が即興で作った和歌にいたく感激した。だって、俺の感情を如実に示していたから。
 春も夏も過ぎて、もう秋も深くなったのに、俺は相変わらず先生が好きなんだから。もちろん伝えられず隠すしかないこの感情。……切ない。

 でも、俺の切なさとは対照的に、教室の窓の外は秋の晴天に映える赤や黄色といった鮮やかな木々の葉色で凄い賑やか。さらに今日は文化祭で学校そのものがものすごく活気にあふれて、それに比べてすさんだ俺の恋心なんて、なんかゴミみたいな感じする。

 いかんいかん。こんなかなわぬ恋に想いを馳せるより、思いっきり文化祭楽しまなくちゃな。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ