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□第五章「降り積もる、雪。」
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「ちょっとデカいから手伝ってくれると助かる」
「……めっちゃ私用じゃないですか」
 プリント整理じゃなくて、まさかのキャンバス張りでした。
「ちょっと描きたいのが思いのほか大きくなりそうでさ。悪いな」
 とか言いつつ全然悪びれる様子もなく、あそこ持てだのもっと引っ張れだの指図しまくり。もういいですけど。
 でも、なんか嬉しいんだ。だってこれは私用。さっき教室にはクラスメートも沢山残ってたし、俺じゃなく別の人に声をかけてもいいのに、そこをわざわざ俺選んだくれたって事だから、それって先生にとって俺が少しは特別な生徒って事だよね。
 そんで二人で四苦八苦しながら、ようやく無事に一辺が1.5メートルくらいあるキャンバスを作成し終えて、先生はご機嫌よく笑った。
「サンキュ、篠原。冬休みだし部員もいなくてさ」
 そしてお礼だと缶コーヒーを鞄の中から出してくれた。コーヒーまで用意してくれてたんだ。そんな事にもやっぱり胸は高鳴って、俺も笑顔でそれ受け取った。
「小間使いですか? 俺」と聞いたのもただうれしさを誤魔化すためだったけど、先生は否定してくれた。
「そんなことねぇよ。このキャンバス……いや、とにかくでかいだろ。すまんな。頼める奴がお前くらいしか思いつかなくて」
「俺なら笑って許してくれるとか思ったんですか」
「……まぁ、そうかもな。お前優しいからな、甘えた」
 甘えたとか、もう凄い嬉しすぎて俺どうしよう。あわてて缶を開けてごくっとコーヒーを飲んだ俺。だけど失敗してむせちゃった。
「ンッ、ゴホッ、ゲホっ」
「あはは、慌てて飲むなって」
 動揺しすぎな俺を軽く笑った先生も、プシュっとプルタブを起こしてコーヒーに口を付けた。そして、
「せっかくのクリスマスなのに、学校で補習授業なんて最悪だったな」
と教師にあるまじきお言葉を呟く。もう、どこまでも普通の先生とはちがうんだから。
 でもその一言をきっかけに俺、補習授業中にずっと考えてた事を口に出したんだ。
「そゆ先生こそ予定ないんですか? 彼女とデートとか」
 すると先生、ああそうだったと思い出した風な顔で、「あるよ」と返事をくれた。

 ああ、分かってたけど、やっぱりいたんだ……。俺、少しと言わずかなりショックだった。せっかく一口つけたばかりのコーヒーが、もう喉を通らなくなってしまって。でも落ち込んだ顔先生に見せるわけにいかないし、無理矢理笑顔を作る。

「じゃあ、こんな所で時間かけてる場合じゃないでしょ」
「いんだよ。どうせ会うのは夜だしな」
「うわっ、大人ってイヤらしいっ」
「バーカ、そゆ発言出るのはまだお前が子供だって事だよ。てかお前だって彼女とデートあんじゃねぇの? 大丈夫か? 時間」
「出かける予定はあるけどまだ大丈夫です。てゆーか、彼女いないんで俺」
「そりゃ悪い、じゃ、今日がんばるってことか?」
 ニヤニヤ笑ってる先生見てたら、なんか凄いむなしくて辛くなった。俺の好きな人は目の前にいるってのに、俺、なにしてんだろう。先生にとって、俺はやっぱりただの生徒でしかないのに。なんで、遊びに行くのオッケーしちゃったんだろう。

「……好きな人に告白できない状況だったら、先生はどうします?」

 あまりのむなしさに、俺、彼にそんなことを聞いてしまった。告白できないのは相手があなただからなのに。

「なんだ、恋愛相談か? ……そうだな、俺ならしないな」
「そう、ですか」
 
 その返答は俺の胸をより締め付けた。『叶うこと無い恋なんて意味ない』って言われたみたいで。

「何かそれなりに理由があるんだろ?」
「……それは、言えません」

 まさか、それが先生だなんて、絶対言えない。
 あぁ、俺あなたを振り向かせるためにがんばるって決めたのに、もう心揺らいでる。苦手な数学も一生懸命勉強したし、90点取ったのクラスでも俺だけだし。あなたの目にとまって、そんで、もっと俺のこと見てほしいって、そしていつか彼に告白出来るくらいに、俺を意識してほしいって、そんなこと願っていたのに。

 でも、先生は俺の顔見て、淡々と言ったんだ。

「別に聞かねえよ。ただな、言えないって事と言わないって事は違うんだぞ。惚れたって感情は自分本位な感情だ。なのに、それを告白出来ないって言ったら、自分本位な感情を相手のせいにしちまうことになる。伝えないまま終わらせる事もそりゃあるだろ。でも伝えない事を相手のせいにするなよ。せっかくのお前の恋が泣くぞ」

「せ、先生……」

 俺は驚いて先生の顔を見返した。彼がそんな真剣な言葉を言ってくれるなんて思ってもなかったから。そしたら彼は、笑って俺の頭をくしゃりと撫でた。

「相手に伝えるにしろ、伝えないにしろ、お前の恋はお前のモノだ。好きな自分を認めて大事にしろ」
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