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□第六章「変わる、棘。」
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 年明早々4日から再開された冬休みの補習授業の二日間。俺はあのクリスマスから一週間以上経ったその時に、ようやく先生と顔を合わせたんだ。
 だけど江嶋先生は俺のこと避けてる気がする。授業終了後に集められる計算プリントはいつも俺が運んでたのに年明けの補習授業開始からは一度も声が掛からない。ほんとなら補習に使うそれだって授業前に『篠原、取りに来い』って言って呼びつけてたのに。でも、二日間にやったプリントは先生一人でも持てる量だったから、ただ俺を呼ぶのがめんどくさかっただけなのかも知れない。
 だけど俺も先生とどんな顔して隣に並べばいいか、分からなくて……。結局補習授業の終わる日まで、俺はなんにも出来なかったんだ。

 そして1月8日、ついに三学期が始まった。雪がうっすら積もるほど寒いその日の朝、玄関のドアを開ければ軒先に10センチほどのツララが出来ていた。それを視界に入れたら寒い朝の空気が更にキンと冷たくなった気がした。
 時間は7時過ぎ。今日の俺は少し早めに家を出て学校へ向かったんだ。そして職員室に入れば、案の定江嶋先生はもういつもの席に座って仕事をしている。
「おはようございます、江嶋先生」
 俺の声に振り向いた先生。
「あ……しの、はら。ああ、おはよう」
 いつものクールな声が、少し揺れてる気がする。
「今日は3学期初日ですし早めに来ました。連絡事項沢山あるだろうし。これ、配るプリントですよね。教室まで運んでおきます」
「サンキュ。あ、こんだけでいいよ。残りは朝の職員会議が終わってから俺が持ってくから」
 小さな声で返答した彼から、机の上の大部分を占拠してたプリントの約半分を受け取った俺は一人だけでそれを教室まで運ぶ。
 ついこの間まで先生と一緒にくだらないことを話しながら歩いた渡り廊下も一人で歩くとなんだか寂しい。冬の寒い北風は、校舎の間を吹き抜けて肌に刺さるくらいの冷たさを感じる。そして俺の視界に映る中庭の木々は明け方まで降ってた雪のせいで枯れ枝に雪を薄く張り付けて雪化粧をしてた。
 ああ、こんな日に先生がここを歩いたなら『冬の景色はあんま色ねぇけど、凛としてて気持ちいいな』みたいな事言いそう。
 そんな風に俺はいつでも彼のことを考えてしまう。よっぼどだな、って我ながら笑えた。学級委員として一緒にいられたこの些細な時間が、俺にとっては本当に至福の時だったんだなぁって改めて感じて。そして今は一人だって事実が、北風より鋭くとがった棘みたいに俺に突き刺さる、それはまるで朝見たツララ並に冷たかった。
 その寒い寒い渡り廊下を通り過ぎて教室に入れば、そこはいつものクラスメート達がひしめく賑やかな空間。
「おっはよー篠原っ」
 元気よく声をかけてくれた勝山だったが俺は背中を叩かれる予感がして、返事を返す前にささっと身体をずらした。そしてアイツの手がすっと俺の肩の少し向こうをよぎったのを確認してから「おはよ、勝山」と返事をする。
「うわっ、避けられたっ」
「当たり前。俺プリント運んでんのに叩かれたら落としちまうじゃん。いい加減手加減しろよな、お前の平手、超痛いんだからな」
「三学期もちゃんと学級委員にしてやるから、よろしくなっ」
「俺はお前みたいに人に押しつけたりしないから言われなくてもやってやるよ」
「マジかっ、お前太っ腹だな〜」
 ドン、と教壇の上にプリントを置いた俺は「さすが篠原っ」と言う勝山を無視して自分の席に座った。
 そうなんだ、俺今学期も学級委員やりたい、って思ったんだよ。それがさっきプリントを自主的に取りに行った理由なんだ。あの人が正月明けから何となく俺を避けてるって感じるのは気のせいかも知れないけど、事実ならもちろん俺のせいだし、何より彼女いるのに男から告白されて避けない奴がいる方が逆に怖い。
 でもこのままじゃ先生とギクシャクしたままになってしまう。俺が告白したのは、そんな風になりたかったからじゃないんだから、がんばるって決めたんだから。

 先生が来室して始まったHRは、いくらかの私語でざわつく中、淡々とすすむ。いつもとなんにも変わらない先生は連絡事項を述べてる。
 そして「じゃあ3学期の委員会だが」と彼が話し始めた。その瞬間、俺は自分から挙手したんだ。「俺、学級委員でいいですよ」って。
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