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□第六章「変わる、棘。」
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「か、かつ、かつ」

 余りに図星すぎて、俺の声はただどもるばかり。でも勝山は俺から目を離さず「だから教えて? 誰? 告白した相手」と迫る。
 その視線から顔を背けた俺は「……言えない」と小さな声で返事した。

「じゃあ、結果だけでも」
「聞いてない」
 俺の返答に苦笑した勝山。
「聞いてないのに落ち込んでんじゃ慰めようもないなぁ。そうそう、竹内は告白断ったらしいよ。クリスマス遊んだ中で幸せなのは池本だけかぁ」
「……じゃあ、お前は?」
「俺は振られたクチ。お前と同じかな? てゆーか、お前まだ振られてないんだろ?」

 勝山は、ニヤリと笑った。
「お前、ああなりたいって思わねぇの?」

 俺の視界に池本がちらつく。

「なりたいけど……」
 
 小さく嘆息したとき、俺ハタと気付いた。
 そうなんだ、ああなりたくて俺、先生に告白したんだよ。先生とギクシャクする為な訳ないじゃん。
「白黒つけてきたら? 篠原一応イケメンの部類に入るんだし。それに結果出すのは向こうだから、待ってても仕方ないよ」
って励ましてくれた勝山の声なんて俺は聞いちゃいなかった。
 頭ん中は今日の先生への失態でいっぱいで。

 俺、先生に逆に気を遣わせちゃって話しかけさせて、なのに返事もまともに出来ないとか、最低じゃね? 距離感わかんないとか言ってる場合じゃないじゃん!
 あの人のこと、好きなのに、告白したくせに逃げてるなんて……!
 
「……俺、もう一回言ってくる」

 俺の呟きに笑ってるだろう勝山の顔も見ず、教室を飛び出したんだ。


     *

「クリスマスに先生に言ったこと、本当なんです」

 美術準備室のドアを開けて中に入った俺の、第一声がそれだった。
 ここには先生しかいなくて、そして彼はあの日俺に手伝わせたでっかいキャンバスに向かって何かを描いていた。だけど俺の姿と声にその手を止めた彼は、大きく目を見開いて俺を凝視した。
 でも驚きは一瞬で、彼はあっという間に苦しそうな顔になっていく。

 そんな顔をさせたのは俺。あなたを苦しめてる。分かってたのに俺はそれを選んだんだって改めて実感した。
 クリスマスの時「自分を認めて大事に」って言ったのはあなただけど、逆に俺はあなたを大事に思っちゃいないのかもしれない。自分ばっかり大事で、だからあなたをそれで苦しめて。自分のことが酷く醜く感じた。

「篠原の気持ち、俺は知らなかった。ずっと傍にいてくれてたのにな。気付かなくてごめん。お前を苦しめた」

 筆を置いた先生は、俺の顔をじっと見て、頭を下げた。頭なんて下げて欲しくないよ。俺があなたを苦しめてるのに。

「い、いえっ、俺こそご迷惑ばかりかけてすみませんっ」
  
 そして、顔を上げた先生は、はっきり言ったんだ。

「篠原、だけど、返事はNOだ。すまん。ありがとうな」

 その返答は、限りなく予想してた結末で、俺のわずかな期待なんて1ミリも叶うことなく、綺麗に消えた。
 でも、逆にすっきりした気分になったのは嘘じゃない。

「ありがとうございました。……はっきり言ってくれて、ホッとしました」

 今度はオレがペコリと頭を下げたんだ。
 そして先生は、
「学級委員、ほんとやるのか? 他の誰かに頼んだ方が良くないか?」
と心配そうに声を出した。

「……本当にすみませんでした。でもせめて3月まではちゃんと学級委員やらせてください。これまでと同じで、それだけでいいので」

 俺は頭をあげることなく、彼に頼んだ。それは、泣きそうな顔を見られたくなかったし、振られたのに、あなたの傍にいたいってまだ思う自分を卑しく感じたからで。それでも2年生になるまでの残り三ヶ月。それくらいは許してください。俺のわがままです。
 すると先生は「わかったよ。お前がやってくれるのは凄く助かるし、他の奴らにお願いするより、俺が嬉しい」って言ってくれた。

「じゃあ俺、教室戻ります」
「ああ」

 美術室を出たとたん、我慢してた涙がぼろって出てきそうになった。俺慌てて走って1Aの教室に駆け込んだ。そして自分の席に座ったら、それはやっぱりもうどうしようもなく溢れてきてしまって。

「篠原、どうだっ、た……?」
 それに返事もせず、机に突っ伏した俺。そんな俺のことをもう何も言わずポンポンと頭をなでた勝山。
 あふれた涙は、顔の下にある制服の袖に吸われて消えてく。

 分かってたんだ、叶うことないって……

「……あれ? 篠原くん、どうしたの?」
 ぐす、って静かに泣いてた俺に、後ろの席にいる世良さんの声が聞こえた。
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