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□第八章「握った、決意。」
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 ああ、なんて事だろう。もうだるくってだるくって動く気も起こらない。でも窓の外は昨日からの寒波襲来で粉雪がこれでもかって舞ってて、今日学校行かなくってマジ良かった、なんてちょっと思った。
 俺は今、絶賛インフルエンザ中。熱が39度を行ったりきたり。母が朝出勤する前に代えてくれたアイスノンがたった2時間でもう温くなってるってのに、冷蔵庫にある新しいものと交換しに行く気力すらない俺。でも昨日は会社休んで看病してくれた。申し訳ないし、もう俺だって高校生だし、ひとりで大丈夫だよとちょっと強気になっちゃった。そして朝は37度まで熱が下がってたってのもあって、母は俺を残し仕事に行ってしまった。なのに、また熱がぶり返してヒーヒーなって母が恋しいとか思う俺ははっきり言ってまだまだお子さまな訳です。
 とりあえず病院でもらった解熱薬を飲んだから後は寝るに限ると、意識を熱すぎる体の奥に溶けさすべく目を閉じたんだ。


 俺がインフルになった一昨日のことを話すと、その朝、母さんが寝坊してお弁当作れなかったから売店でパン買ってと金を渡された。パンだって嫌いじゃないんだけど、売店めっちゃ込んでるからちょっとイヤだった、争奪戦なのよ、パンがね。腹減ってんのに手に入れるまで時間もかかるしさ。
 そのおかげでせっかくの昼休みがめっちゃ短くなっちゃって、江嶋先生のいる美術準備室に行けなかったんだ。しかも人混みにもまれて疲れたのか、なんか食べる気があまり起こんなくて、4つ買ったパンのうち3つも勝山に取られた。てめぇ、後で金返せよっ。
 しかも五時限目は体育だし、よけい時間ねぇ。って悔しかった。そんで始まった体育の授業。まず準備運動だとか言う体育教師のせいで校庭を走らされる。そのランニング中、俺は進路指導室をちら見してしまった。そしたら昨日江嶋先生に生徒会長立候補を打診された事を思い出した。
 ああ、どうしよう。ホント困る。俺なんて生徒会長の器じゃねぇよ。
 ハアハアと荒い息を吐きながら、もつれそうになる足を何とか動かす。気付いたら俺、みんなよりだいぶ遅れてるし。したら後ろから足の速い勝山が、『篠原っ、一周遅れだなっ』と俺の背中をドンっと叩いた。その瞬間、もつれそうだったものがついにもつれてしまい、俺はその場で倒れた。
『うわっ、篠原っ、わるいっ、ごめんっ、大丈夫っ?』
 慌てた勝山の声が聞こえる。だけど俺、動けなかった。
 こけただけじゃないのか?
 俺を抱き起こした勝山が『うわ、篠原、お前すっげぇあついっ』っつって、その後、保健室直行だったわけ。
 その間に頭から始まって体のあちこちに痛みが出てきた。ああ、こりゃ完全に病気です。
 なのに、力加減バカ男が、
『篠原もしかしてインフルエンザ? 俺にも移せよ、授業さぼりたいっ』
ってばしこんと俺のデコを弾く。こちとら頭痛と筋肉痛と関節痛で死にそうだってのに、お前なんだよっ! そう怒鳴りたかったけどそれすら出来なくて、結局勝山は保健の先生に『騒がしいので出て行って下さい』って怒られてた。あいつ、保健委員じゃないほうが絶対いいと思う。コレばっかりは保健の先生だって同意してくれるはず!
『篠原、案外病気に弱いんだなぁ。俺がしっかり看病てやるよ。俺、小児科医志望だから大丈夫だ、お下のお世話なんて朝飯前よっ』
『俺は新生児じゃねぇっ! トイレの世話もいらねぇしっ、お前とっとと教室戻れっ!』
 ぜぇぜぇ言いながら叫んだが小声だった俺。そんな俺に『篠原君、病人は静かにしましょう』とカーテン越しに保健の先生の冷たい言葉が振ってきた。
 帰れよと口パクで勝山に何度も伝えてたけど、結局あいつはチャイムなるまで俺の横にいた。要するに体育サボったんだよ。さすがに六限目はサボれなかったみたいだけどな。
『勝山くん、あなたが心配なんですねぇ。では篠原くん、しばらく寝ておいて下さい。何かあったら声かけて下さい』
 保健の先生は穏やかにそう言うと、あいつが開きっぱなしにしたままのカーテンを丁寧に閉めてくれた。
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