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□第八章「握った、決意。」
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「ありがとうございます。復活したらまた、ちゃんと学級委員としてお手伝いしますから、それまで、少し待っててください」
『ばーか、なに偉そうにしてんだ』
 クスクス笑った先生。ああ、幸せです俺。
「いいじゃないですか。大変でしょ、ひとりでプリント運ぶの」
『今は勝山を筆頭にほかの奴らが手伝ってくれてるよ。でもうるさいな、アイツ』
「はははっ」
 ケラケラ笑ったら、
『元気そうで良かった。……待ってるから』
と静かな声。
 俺の体温、今度は5度くらい上昇したんじゃないか、って思った。先生、反則ですその声、その言葉。『待ってる』とかもう俺、このまま昇天しちゃいそう。
「……はい」
 何とか返事して、受話器を置いた。
 ああ、今すぐ先生に会いたいっ、ってバカな俺は思ったけれど、結局俺の熱は翌朝もぶり返し、ラストに土日も挟んで計10日も学校を休んでしまった。

 しかも俺が復活してすぐに3学期の中間試験が始まった。学生の本分、勉強がこの10日間全く出来なかったってのに。


   *

 病み上がりで受けた中間試験は、ぶっちゃけ散々で、俺、ついに主席脱落確定な点を取った。
 そして今日2月13日、成績結果が一人一人に配られて、
「篠原、やったぜっ、俺1番だったっ」
と嬉しげな声を上げた勝山が俺に成績表をひらひら見せた。すげームカつく。ていうか、主席脱落より江嶋先生の数学が70点だったことが、俺の中では一番痛かった。
「篠原、おまえ何位だった?」
 ニコニコ顔の勝山に聞かれて、俺の落ち込みは加速する。
「るせ、お前になんて言わねぇよっ」
「ケチだなぁ。もういいよ、勝手に推理するから。俺の情報によると、2番が池本なんだ、そして3番が世良さん。ってことはお前は4か5じゃないかな? まさか10位以下ってことはないと思うんだけど」
 はい図星です。俺、5位でした。
 国語95点。英語90点。生物85点。日本史90点。そして数学が70点。これが俺の成績。勝山は生物が100点で、数学も97点だったらしい。さすが小児科医目指してるだけある。あの江嶋先生のテストで97ってかなりだよ。

 休み時間のざわつきの中、勝山のたいして推理らしくもない推理を聞いてたら、先生が教室に入ってきた。6限が終わった今、今日最後のHRが始まる。先生はちょっとだけプリント持ってきてた。それ見て、さっき先生に呼ばれなかったな。と残念な気持ちになる。俺やっぱり完璧に小判ザメなのかな。
「ほら、みんな席に着け」
 クラスメイトたちが各々の席に着き、静かになったのを確認した先生が、話し始めた。
「明日は皆が知ってるとおりバレンタインデーだ」
 その瞬間、折角静かになった教室が一瞬で騒音まみれになった。

「誰か俺にチョコを恵んでくれっ」
「おまえ、どーせ彼女にもらうんだろっ」
「あんたなんかにあげないわよっ」
「こーなったら、俺が作って告るっ」
「せんせーも彼女にもらうの? いいなーいいなー」
「やだ、あたし先生に作っちゃうからっ」
「もらってせんせーっ」


「うるせぇよお前等、俺の話を最後まで聞け。明日のことで浮かれてる奴も悔しがる奴も、チョコあげたくてウズウズする奴もいるかと思うけど、渡すのも受け取るもの必ず放課後にしろ。授業中に見つけたら取り上げるからな、ちゃんと隠しとけよ」
「はぁーい」
 ざわめきの中で生徒たちが適当な生返事を返したのに、苦笑した先生だったけど「じゃ、あとコレ、親に渡しておけよ」とプリントを配ってHRは終了した。

 ああ、明日はバレンタインかぁ。すっかりそんなこと忘れてたよ。つーか、俺がチョコあげたいのはもちろん江嶋先生で。だけど、女の子のイベントじゃんコレ。そんなの出来る訳ないし。
 先生、どうするのかな。彼女と別れた、って言ってたけど、今はどうなんだろう。もう次の人見つけたんだろうか。
 俺、先生が大人の女性からチョコレート受け取って、嬉しそうに笑ってる姿を脳味噌に描いてしまって、ぐっと胸の奥が苦しくなった。ああ、俺はやっぱりまだまだ、先生のことが好きなんだ。苦しい胸をかきむしりたくなった。
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