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□第九章「晴れやかに、恋。」(完)
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 どうしよう、どうしたら……と考えに考えて、でも結局俺は。
「……先生、あの、一緒に食べませんか?」
 そんな風にしか、言えなかった。
 彼を見つめることも出来なくなくなって、俺は俯いてしまう。 
 そうしたら、先生は何も言わずに俺の手からそれを奪った。そして包みをカサカサと開けていく。
「ほら、大丈夫じゃねぇか、中身」
 先生の言うとおり、箱は潰れてたけどチョコレートはきれいなままだった。そこには四角い飾りけのないシンプルなチョコが12個、入っていた。色がかなり黒っぽいから、たぶんビターチョコ。
 ハートの形を選ばないでくれた世良さんの心遣いに俺は感謝した。
 先生はそのチョコレートを一つ摘み、自分の口にポンとほおり込んだ。もぐもぐとそれを咀嚼しつつ、もう一つを摘んで、俺の口元まで持ってくる。

「うまいよこれ」

 動揺で開かない俺の唇を、チョコでむぎゅと押し開いた彼。
 俺はまた瞬間湯沸かし器みたいに真っ赤になった。
 そして、そのまま美術準備室を飛び出してしまったんだ。

 やだっ、マジいやだっ。
 超ハズかしいじゃんっ。なんだよあれっ。
 俺、恋人のあつかい慣れてますみたいなヤツっ。
 今までの彼女にもあんなことしてたのかよっ!

 口の中で、甘くて苦い濃い味のチョコレートが溶けていく。それはまるで俺の先生への好きって気持ちの重さそのものみたいに感じてしまった。

 俺はそのまま走って鞄の置いてた教室に戻った。誰もいないで欲しかったけど、そこで俺を待ってたのは世良さんだった。イヤ、彼女は俺を待ってたわけじゃなくて彼氏を待ってたんだけど。
「っ……せ、世良さっ」
 赤い顔を見られて、もう俺、どんだけ世良さんに対して恥ずかしいとこ見せてるわけよ、って自己嫌悪満タンになった。
「篠原君、お帰り。チョコ持ってないって事は、先生に渡せたんだねっ、よかったぁ」
 嬉しそうに話す彼女の顔すら、もう俺はみれなかった。
「ほっといてっ、もうほっといてっ!」
 ガシリと鞄を掴んで、次は教室を飛び出した俺。そのまま学校も飛び出した。外は朝と変わらず粉雪が静かに降ってる。空気もひんやりして、冷たかった。でも俺の胸の中はもうバカみたいに熱くて。

 もうもう、先生何であんなことしたのさっ。
 俺の口にチョコ押し込むとか、ありえないよっ。
 
 口の中の甘い味がまた戻ってきて、俺の顔は再び赤くなった。こんな寒い冬なのに、まるでユデダコみたいになってる俺、超ハズい。
 とりあえず今日のことはすっかりきれいに忘れよう。じゃないと俺、明日から先生の顔、まともに見られないよっ。

 俺はそう心に決めて、粉雪の舞う中、家へと向かった。



     *


 それからの毎日は、何事もなく過ぎた。
 いつも通り先生のお手伝いして、いつも通り、馬鹿力の勝山をけなして、いつもどおり世良さんとかクラスメイトとかとおしゃべりして。
 俺、案外高校生活エンジョイしてるっぽくね? 恋人はいないけどさ。
 そして江嶋先生も、全然変わらない。「篠原、ちょっと来い」と呼ぶ声も同じ。

 あのチョコ事件から、もう一月たつ。実はあれからチョコ食えなくなっちゃったし、俺。
 忘れようとしてるって事は忘れられないって事だけど、出来るだけ俺は自然に過ごすよう、心がけた。生徒会長に立候補するって先生に宣言しちゃった手前、学級委員の仕事も、勉強も、もっとがんばろう、って思ったわけ。だって俺の評価が下がったら、俺を押してくれた先生の評価だって下がっちゃうんじゃないかって。
 そんな俺を知ってか知らずか、先生はあのチョコなんて全然気にしてないみたいに、いつも通りで。それに俺はほっとしてた。
 あのとき感じた彼の【信頼】のあかしが、このいつも通りの日々だって俺には思えて、だからほっとしてたんだと思う。
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