Monsterシリーズ

□Monster
13ページ/23ページ


    *

「ちょっと!やめてよ!」

 廊下の先から何か言い争っている声が聞こえる。
 この廊下はセキュリティ管理室への一本道。
 廊下の両側はドアも無く、この壁の向こうは全部コンピュータがところ狭しと並んでいるだけだ。

 いったい誰が?

「離せよっあんたしつこいよっ」

 そして俺はその声が結城さんだと気付いたとたん、思わず走り出した。

「いいだろっ、結局警察なんて来なかったし、ここのセキュリティなんて嘘っぱちだろ!!」

 見えたのはあの更衣室の男とやはり結城さんだった。
 帽子が落ちて綺麗な髪があらわになっている結城さんを壁に押し付けてキスをしていた。さらに逃れようともがく彼を羽交い締めにしている。

「はっ・・・・・・やっ・・・・・・」

 俺は二人に駆け寄り、男の頭を思い切り殴りつけて脇腹を蹴り飛ばした。

「いっってー!あ、またテメーかよっ、前はよくも嘘ついてくれたな!」

 がたんと倒れた男が起き上がって俺に腕をのばしてきた瞬間、シュッと右ひじの下に熱い痛みが走った。その衝撃で持っていたカフェラテが床に落ち、こぼれた。
 男がナイフをポケットから取り出して俺に斬りつけてきたのだ。

 信じられないな
 何が彼をここまで駆り立てるのか・・・・
 それは
 俺の後ろにしゃがみ込んでいる結城さんの何かだろうか

 ふう、と息を吐いた俺は「あなたは何をしに、ここへ来たんですか?」と男に低い声で話しかける。
 その間にポケットにある携帯からこっそりと数字の1を押した。セキュリティ管理室への短縮電話だ。
 俺は電話に出られないけど、部屋にいる課長が異変に気付くかもしれないと思ったから。

「きまってんだろ! こいつとヤるんだよ」
「ここで、ですか? あのカメラに録られてますけど?」

 結城さんをかばうように背にして立ったまま、視線だけカメラに向けると、中のレンズが首を振らずに、こちらをじっと見つめているのを見つけた。
 その事で課長が異変に気付いていると確認した俺は、間もなく警備員が来るだろうと考えた。

「あんなのニセモンだろ! 邪魔すんなよっ、おら、そこどけよっ、じゃねーともっと切り刻んでやるぞ」
「いいですよ。切ってください。でも、俺はここから動きませんから」
 
 右腕から、ボタリと血が流れていくのが分かったが、気にせずに両手を広げて立ちはだかった。

「あなたに、いい事教えてあげましょうか?俺と、この人、付き合っているんですよ」

 すると、俺の言葉に男の顔が一瞬で赤くなった。

「なっなに!」
「彼は、それはそれは妖艶にセックスしますよ。もう、極上の体です」

 案の定、男の背後、廊下の向こうから警備員がこっそりと走りよってきていたが、俺の話に興奮しすぎている男はそれに全く気付かない。
 しかし、気付かれたら俺も結城さんも確実に斬りつけられるか、締め上げられて人質になってしまう。

 チャンスは一度。
 俺に襲いかかってきた時にナイフだけでも男から奪っておかないと。
 俺は、彼を更に興奮させようと話をした。

「それに、セックスの最中は素晴らしくいい声で鳴きますよ。喘ぎ声だけで抜けますから。あなたに聞かせるのはもったいないですね」

 赤くなった顔をより赤くして男が俺に飛びかかってくる。
 その瞬間、頭上のスプリンクラーから大量の水が溢れてきた。
 驚いた男は動きを止めて腕を頭上にあげ、水をよけようとする。
 俺はその腕を蹴り上げてナイフを廊下の遥か向こうへ飛ばし、男の腹に再び蹴りをお見舞いした。

「ぐっはっ・・・・・・っ」

 痛みのため床に膝をついた男は駆けつけた警備員に拘束され、そのまま連れて行かれてしまった。
「俺にもヤらせろっ!」と汚い言葉を残して。
 だがもう、捕まってしまえば、何も出来ないだろう。
 カメラに録られているから証拠もあるし言い逃れは出来ない。

「さよなら、変質者さん」

 俺はスプリンクラーの水で濡れた顔をシャツでぬぐって、くるっと後ろにいる結城さんに向き直った。
 結城さんは口元を両手で押さえて、泣きそうな顔をしている。
 そっとしゃがみ込んで、俺は彼と視線の高さを合わして、話しかけた。

「結城さん、大丈夫でしたか?」
「気持ち悪いっ・・・」
「医務室。一緒にいきましょうか?」
「っっ口が、、口が、、あいつが触った口がっ」
 
 そう言うと彼は、俺にいきなりキスをしてきた。

「っマキが、、マキじゃないとダメなんだっ」

 俺の首にしがみついて貪るように激しく舌を絡めてくる。
 頭上にあるカメラに確実に録られていて、課長も見ているだろうと思ったけれど・・・・・・

 俺は、彼を押しのける事は出来なかった。
 ぎゅっと抱きしめて俺もキスにこたえる。

 結城さんの口からこぼれ出た一言があまりにも嬉しくて。

 俺じゃないとダメだって、本当ですか?
 あなたには俺だけだと
 あなたにとって、俺は特別な人間なんだと
 思ってもいいんですか?

 なんか、吸血鬼の話なんてどうでもよくなった。
 現実味のない事なんて考えても仕方ない。

 俺は、この人が俺のそばにいて
 そして笑顔でいてくれたら
 やっぱり
 それだけでいいんだ。

 結城さん
 あなたが好きです
 あなたが何者でもいい

 あなたが好き
 これだけが俺の真実



   *

 どのくらいキスしていたのか。
 何度も何度も絡めあわせていた唇から、俺はそっと離れて彼に囁く。

「結城さん、気持ち悪いの治りました?」

 ほんのり頬を染めて、少し乱れた息を吐く彼は、色気の固まりだ。
 この人を、誰にも渡したくない・・・・・・

「うん。でもまだしたいけど・・・・・・」
「そろそろ仕事に戻らないといけません。それに俺、怪我をしたから医務室行ってきますね。結城さんはケガありませんか?」
「俺も、行く」

 小さく呟いた彼を見て、離れたくないと言ってくれたような気がした俺は嬉しくなった。

「ここで待っててください。俺、課長に一言伝えてきますから」

 すぐ戻ってきますよ、そう言ってセキュリティ管理室へと向かった。

 ガチャとドアを開ければ、「おう、牧田、大丈夫だったか?」と、俺に背中を向けたまま相変わらず画面から目をそらさずに課長が話しかけてきた。

「腕を少しですが切られたので今から医務室へ行ってきます。申し訳ありませんが後、よろしくお願いします」
「了解」
「それから、スプリンクラーありがとうございました。おかげでナイフを蹴り飛ばすチャンスが出来ました」
「ま、俺は完璧な男だから、オマエに電話もらう前に既に事件に気付いて警備員にも連絡済みだったからな。どんな事件も俺にとっては想定内だよ」
「さすがですね」
「想定外なのは、牧田とあの可愛い清掃員が恋人だった事くらいか」

 やっぱり見られていたんだ。

「ええ、可愛いひとですよ。課長には渡しませんから」
「じゃあ、その代わり貸しをひとつ。お前らのキスシーンの映像は今から消しといてやるよ。警察に見られたりしてばれると何かと困るだろ」

 思いもかけない一言。

「課長、ほんといい男ですね。やっぱり、あの人にあなたを見せるわけにはいかないです。俺、捨てられそうだ」
「俺は史上最高に完璧でいい男だよ。オマエも見習えよ。じゃ、早く医務室行ってこい」
「ありがとうございます」

 セキュリティ管理室を後にした俺は、課長の優しさに胸がジンと熱くなるのを感じながら、結城さんの元へと歩いていった。



☆☆☆☆☆
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ