Monsterシリーズ
□Monster
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課長を見送って俺は仕事に取りかかった。
生体認証。
俺も詳しい事はよくわからない。
とりあえず資料集めをしつつ業者に片っ端から電話してカタログと見積もりをお願いする事にした。
資料は既に課長がネットからかなりの量を収集してファイリングしてくれていたからほとんどそれに目を通す事で終わってしまったが。
課長は本当に仕事が速い。
俺もしっかりやっていかないと恥をかくことになりそうだ。
朝から仕事が一つ増えて俺は忙しく働いていた。
資料を読む事もネットで検索する事も慣れているが
それはあくまでコンピュータ関連ならばのことだった。
声紋認証の資料を読んでいると出てくる学生時代にしか勉強した事の無い生物系の専門用語が難しくて、何を書いているのか分からない資料も多かった。
もう少し勉強しないと良い機器を取捨選択することは難しそうだった。
ふと時計を見るともう午後の4時だった。後1時間。がんばってやろう。
と気合いを入れなおした時、プルルルル プルルルと部屋の電話が鳴った。
業者からの返答かと思って電話に出たのだが、その電話は医務室からだった。
「牧田さんですか? 結城さんという清掃員の方が倒れられて、医務室に寝ています。お知り合いだとお伺いしましたのでご連絡させていただいたんですが。。」
結城さんが倒れた?
「すぐ行きます!」
やはり体調が悪かったのだろう。
仕事を休ませて寝かせておけば良かったと俺は後悔した。
医務室につくと医師が俺を彼の寝ているベッドへと案内してくれた。
だがそこに予想外の人がいた。
朝見たバイク便の男がサングラスを掛けたままパイプ椅子に座って結城さんを見つめている。
なんで? 彼がここに?
驚いている俺へ少し顔を向けたが、彼はすぐに結城さんへ向き直った。
そして医師が俺に話しかけてきた。
「清掃作業中に倒れたそうです。たまたま彼が近くにいて、結城さんをここまで連れてきてくださいました。疲れが出たんでしょう。今はほんとに寝ているだけです。起きたら連れて帰っていただけると助かるんですが」
「わかりました。俺がつれて帰ります」
「よろしくお願いしますね。私は仕事があるので向こうの診察室にいますから、何かありましたら呼んでください」
医師はそう言って俺をバイク便の男と結城さんの元に残して去っていった。
そして、黙って部屋につっ立っている俺にバイク便の男が結城さんを見つめたまま、おもむろに声をかけてきた。
「マキって言うんだろ、あんた」
「あなたは駿、さんですよね?」
「ああ、本名は希山駿。絵都はいつも俺を駿って呼んでるよ。俺はこいつのいとこだから」
だから、呼び捨てなんだ。
元カレだったらどうしようかと一抹の不安を考えてしまった小心者の自分を意識の隅へと追いやり、俺は彼に話をする。
「そうだったんですか。彼からはご家族やご親戚の事など聞いた事がありませんでしたので・・・あなたの名前を知ったのも今朝ですし」
「俺もあんたの名前知ったのさっきだよ。絵都から聞いたよ。マキは絵都の恋人なんだろ?」
結城さんは彼に何を話していたんだろう?
俺との事まで知ってるなんて・・・・・・
「ええ、そう言う仲ではありますけど。男同士ですので大きい声では言えませんが」
「Hをしまくってるって聞いてたから、ただヤリタイ盛りのついた若い男を想像してたけど、絵都がメロメロになるわけだわ。H上手だけどこんなにも見た目も落ち着いてカッコいいとは。仕事もバリバリ出来そうだね。マキは」
「恐縮です」
思わず褒められて、でも恥ずかしい内容で褒められたから、なんと返していいか分からずに、俺は一言そう言って黙ってしまった。
そしてしばらくの沈黙の後、また希山さんが口を開いた。
「ね、マキ。あんたさ、絵都が好き?」
「はい。好きです」
「こいつのために何かしてあげたいとか思ってる?」
「何が出来るか分かりませんが、出来る事ならなんでもしますよ」
彼は俺になぜ、こんな事を確認しているのだろう?
恋人なら、当然の事なのに。
希山さんはまた黙ってしまったけど、俺に向き直って、かけていたサングラスをはずして見つめてきた。
そこにあらわれたのは結城さんとは全く違うけれど色気のある瞳だった。
濃くて長いまつげが大きい瞳を更に大きく見せていて、見つめられるだけで全ての人が見惚れて動きを止めてしまうかのような魔力がある。
「さすがいとこですね、希山さん。結城さんとタイプは違いますが、顔立ちだけでなく瞳も凄く美しい。サングラスを掛けているのがもったいないくらいです」
俺は彼の見た目を褒めた。
先ほどセックスを褒められた事へのお返しとでも言うべきか。
すると、熱いくらいの視線で俺を見つめていた希山さんが、ふっと笑って穏やかな顔になった。
「俺の顔を見てもほだされないか・・・・・・マキ、ほんとに絵都が好きなんだね」
なに? あなたを見てほだされるって?
彼の言っている事が分からなかったけれど、
「ええ、結城さんが大好きですよ。誰に反対されようと彼とずっと一緒にいたいです」
そんなことを言っていた。
この人を本気で好きだと言う事を、彼に伝えておかなければ・・・・・・と何故か思ったんだ、俺は。
それにふふっと笑った希山さん。
「絵都の両親はもういないから、反対なんてされないよ。母親は幼少時に病死、父親も15のときに事故で亡くなってるから」
「そうだったんですか・・・・・・」
亡くなっていたことは知っていたけれど、そんなに早くだったなんて
「落ち込む事無いよ。絵都は自分の事、話したがらないからね。知らなくて当然だよ」
彼は俺に慰めの言葉を呟いた。
そして次に出た言葉は。
「マキ。あんたにさ、お願いがあるんだけど」
俺に何かを要求するものだった。
「お願い、ですか?結城さんの事でですか?」
「そう。マキにね、絵都の望みを叶えて欲しいんだ」
「望み?・・・・?」
抽象的な表現に俺は困惑した。
だが、彼は言葉を続ける。
「絵都のそばにいて、何か感じない?絵都の求めている事・・・・・・絵都が、マキから何が欲しいのか」
結城さんが求めている事。何だろう・・・
「絵都、ほんとに何も言わないからさ、ぜんぶ自分で抱えているだけなんだ。・・・マキ、恋人だろ?こいつをよく見てよ。あんたに求めている事がきっと見えてくるから。そして、それを絵都にあげて欲しいんだ。出来るだけ早く・・・じゃないと・・・・」
彼が苦しそうな顔で俺に訴えかけてくる。
「絵都・・・・・いつか目が覚めなくなってしまうよ」
目が覚めなくなってしまうって・・・
「どういうことです? それって、死ぬってことですか?」
俺は希山さんに問いただした。
彼の真意が分からなくて・・・・
でも言葉のニュアンスは確実に死の予感を含んだ一言だったから。
「俺が言えるのはここまで。後は絵都とマキでちゃんと解決してよ。あんたずっと絵都と一緒にいたいんだろ?」
希山さんはすっとパイプ椅子から立ち上がり、彼より背の低い俺を見下ろしてくる。
その瞳には先ほどの色気に痛いほどの真剣さが加わっていた。
「もし、何もせずマキが絵都を置いていくって言うなら、そん時は俺があんたを全部食べ尽くして殺してやるよ。そして絵都をもらうから」
そんな言葉を残して、彼は鋭い眼光をサングラスで隠し、この部屋を後にした。
最後の言葉は、俺への宣戦布告の発言だった。
俺が、結城さんの望みを叶えられなかったら、奪い取る。
彼はそう言っていた。
先ほどまで希山さんが座っていたパイプ椅子に俺は腰を下ろして、すうすうと寝息を立てている結城さんの顔を見つめた。
結城さんの望み・・
結城さんが求めている事ってなんだろう?
俺は・・・・
2ヶ月も結城さんのそばにいながら
彼を抱いて
思うままに抱いて
彼の隣で朝を迎えて
そして仕事に行く
そんな事しかしていなかった
この人に願い事なんて聞いたことなかった
あなたのそばにいるという
自分の願いがかなったらいいなと思い続けてた。
そして
あなたから好きと言う言葉をきいて
舞い上がっていただけ。
あなたの願い・・・聞いてない
結城さん
あなたが俺に求めている事ってなんですか?
俺からもらいたいものってなんですか?
それをあなたにあげないと
あなたが、、死んでしまうって
俺は・・・どうしたらいいんだろう・・・・
あなたへの想いと不安が俺の胸を荒らしていく。
結城さん、、目を開けてください。
あなたの瞳に俺をうつして・・・
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