Monsterシリーズ

□Monster
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真夜中の出会い


☆☆☆☆☆


「んん−っ」

 巨大なコンピュータに埋め込まれているいくつものモニターを見つつ、ビジネスチェアに腰掛けたまま俺は伸びをした。


 時計を見るとまもなく深夜12時。
 交代の時間だ。

 勤務開始時間のジャスト1分前にいつもやって来る元木課長を待ちながら、俺は冷めたココアを飲み干した。

 俺、牧田和義(まきたかずよし)。バイオロエナジー社にという会社に勤めてもう5年。肩書はまだヒラのままだが、仕事内容は課長と遜色ないくらいに熟知している。
 俺の仕事はこのビルのコンピュータ管理全般だ。ちなみにセキュリティ管理室に所属。年は今年の6月に27歳になる。

 一年前に分かれてから、ずっと彼女募集中。
 
 とは言っても、自分で言うのもなんだが、顔は別に悪くはないと思う。聞くところによると、甘めの醤油顔らしい。彫りは深い訳じゃないが、一応二重だし。ちょっと口がアヒル口なのが、気になるけど。いつも笑っている風に見られるから。
 

 しかし、毎日ほぼひとりで管理室の中、モニターを凝視し続けるのもあきた。
 まぁ見つめ続けなくてもこのビルのセキュリティシステムは侵入者を企業機密領域にすんなり入れるほど甘く出来てないから、目を少しくらい離しても問題はないんだけど。


「お疲れ様。交代だよ」

 がちゃりとドアの開く音の後すぐにそんな声が聞こえた。課長がやって来たのだ。時計を見ればやはりジャスト1分前。俺よりも10センチも高い180センチの長身に似合うグレーのストライプのスーツに真っ黒なトレンチコートを着て軽快な靴音をたてて入ってきた。
 課長の名前は元木博人(もときひろと)。より5つしか年が違わないのに課長。しかもイケメンときた。ダークブラウンに染めた髪が、精悍な顔によく似合う。なのに、きつくないのは、少し細目の眉のせいだろうか。いや、この人の人当たりの良さだろう。

「こんばんは課長。では、あとよろしくお願いしますね」

 カチっと時計が12時を刻んだ瞬間、課長が隣の椅子に座り、そして俺は椅子から腰を上げる。

「きっちりしてんな〜、牧田は。ちょっとくらい俺に付き合って世間話でもしろよ」
「時間外労働には超過勤務手当いただきますよ」
「世間話にまで残業代払えね〜よ。お疲れ。そこらで力尽きて寝るなよ。まだ5月なんだから」
「凍死はしませんよ。肺炎で1週間程度の入院で済みます。ま、その間課長は徹夜勤務で結局倒れるでしょうけど」
「こぇ〜こと言うなよ。帰ったら冷えた体を彼女にあっためて貰えよな。おやすみ」

  ヒラヒラと手を振って俺にさよならの合図をしつつ、課長はモニター画面を見つめ続けていた。

 この人はしゃべりながらも俺には視線もよこさない。33歳と言う若さで課長になるくらいの仕事に徹底している彼は、もう既にキーボードを叩いて仕事モード一直線。
 それを目の隅にに確認しつつ俺はドア近くにあるロッカーからトレンチコートとビジネス鞄を取り出して、帰り支度を手短に終わらせる。

「おやすみなさい、課長」

 だが、そう言ってセキュリティ室のドアに足を向けた瞬間、
「おい牧田っ、侵入者だ!」
室内に課長の緊迫した声が響きわたった。

 驚いた俺は体をひるがえしてモニターに走り寄る。

「場所はバイオ研究材料室だ。何でこんなところで?」
 驚きの声色で課長がつぶやいた。侵入者を検知するのは、この5年間で初めての事だった。彼は素早くキーボードをタイプして画面に映った侵入者をアップにする。

「清掃員?」

 映された人物はこのバイオロエナジー社が委託している清掃会社の作業服を来ていた。薄いベージュ色のつなぎだ。顔は同じ色のつば付き帽子が邪魔して見えなかったが。

 カタカタと課長がさらにキーを叩き、胸にある許可証をアップにする。


 ID:0011016
 結城 絵都
 ユウキ カイト

 IDナンバーをコンピュータに入力して俺達に一番近いモニターに侵入者の経歴を羅列させる。そして写真付きであっという間に侵入者が判明した。

 年齢29歳。高卒。金色に近い短い髪の毛に、細眉。ちょっと垂れ目におちょぼ口の童顔だ。
 写真の見た目より歳だな。

「なんかおかしくないか? コイツ」

 ぼそり、と課長は呟いた。確かに、俺もおかしいと感じていた。
 この侵入者は、侵入者らしからぬ行動をさっきからしている。許可証を読み取り機にかざしては、開かないドアをドンドンと叩いているのだ。
 そして、頭を掻いて、ため息をひとつ吐くとドアの前に座り込んだ。
(寝てるのか?)
 モニタの向こうの彼はドアの横の柱にもたれてピクリともしない。
「もしかして、今までこの材料室で寝てたんじゃないんでしょうか」

 俺のつぶやきに課長もうなずいた。 
「ありえるかも。カメラの死角になるような所でね。バイオ研究材料室は様々なサイズの保管ロッカーがあるから、人がひとり、こっそり入れるくらいの余裕は十分にある」
「仕事中に寝て、閉じ込められるとは。そんなことがあるなんて……。課長。俺コイツ連れてビル出ますよ。委託業者の許可証は20時以降使用不可ですし、このままだと、この結城とか言う人、朝までこのままですよ」
「すまんな。頼むよ。ついでにどういう経緯でこうなったか聞いといてくれ。今後のために報告書にまとめておかないとな」
「了解です。ではお先に失礼します」

 厄介な人間はやっぱりいるもんだな、と思いつつ俺は自分の許可証をバーコード読み取り機にかざして部屋から出た。

 35階もあるバイオロエナジー社ビルの中、33階にある俺の仕事場から、下に向かうエレベーターに乗り、20階にあるバイオ研究材料室に行く。ドアの前で読み取り機に許可証をかざしてドアを開けると、やはりそこには先程見たエセ侵入者が寝ていた。

「こんばんは、結城さん。起きて下さい」

 常夜灯のみの薄暗がりの中、俺は結城サンとやらに声をかける。
 もそっと目深にかぶった帽子が動いた。

「……ん……だ、れ?」
「セキュリティ管理室の牧田と言います。侵入者さん。あなたを逮捕しますよ」

 俺の言葉に寝ボケた頭が再起動したのか、彼はバッっと顔を上げて俺を見た。どうやら結城さんは写真で見るよりかなり若い。というか、可愛い顔立ちをしてるようだった。

 ふっくらとした頬に、小さな唇がかわいらしい。
 その唇が動く。

「俺、捕まっちゃうの?……」
「冗談ですよ。帰りましょう。こんなところで寝てたら風邪引きますよ」

 俺は笑いながら答えた。

「俺を、助けにきてくれたの?」
「閉じ込められてたんでしょ? セキュリティ室のモニターで見ましたよ。あなたがこのドアと格闘しているところ」

 俺の言葉に、恥ずかしそうに彼はうつむいてしまった。

「仕事中に寝ちゃってさ。気付いたらこんな時間で……なんか知んないけど許可証使えないしさ……ありがとう。俺、帰れるんだね」

 そう言うと、もう一度顔を上げて笑顔を俺に見せた。

「とりあえずビルから出ましょうか。俺も早く帰りたいし」

 彼に腕を差し出して俺は早く帰ろうとアピールをした。

 もう、午前1時になる。
 眠いからね。
 この人は寝てたみたいだから眠くないのかもしれないけど。

 俺の手を取って立ち上がった結城さんは、俺より5センチくらい小さい小柄な人だった。
 童顔で小柄で、女の子みたいだな、でも、握った手は確実に男。ゴツゴツして、少しざらついてる。清掃という仕事柄、水も使うだろうし荒れた手をしているのかもしれない。

 俺はその手を離して首から提げている許可証を握り直すと、それを読み取り機にかざしてえせ侵入者と共にバイオ研究材料室から出た。
 
 ビルから無事に出た俺たちは夜道を自宅に向かって歩いている。

 今日ははれていて、しかも満月がとても明るいから深夜なのにあまり道も暗くない。
 ま、男だから夜道が怖いなんて思った事も無いけど。

 5月の夜はまだ少し肌寒く、ひやりとした風が体温をさりげなく奪っていく。俺はトレンチコートの前ボタンをとめながら彼に話をした。

「あなたのような委託業者さんの許可証は夜8時で使用が制限されますから、次回からは昼寝してても8時までに起きてくださいね」

「……もう、寝ないよ。ありがとう、マキ……なんだったっけ?」

 俺の名前もう忘れてる。

「牧田です。結城さん。ま、あなたの方が年上ですからマキでいいですけど」
「そーなんだ。俺の方が年上なの? マキすっげーしっかりしてんのにね」

 にっこり笑ってさらっと俺をマキ呼ばわりした彼。まあ、昔から友達にはそう呼ばれていたから別にいいんだけど。
 と言うか、自分が年上かどうかもわからないままだったのに、この人は出会ったときからため口だ。
 どういうこと?
 これだから、高卒はモラルが欠けるって言われるんだよな。
 でも……
 この人の話し方に全く嫌気がないのはどうしてだろう。
 少し鼻声の、フワフワした声色のせいかな? 聞いてて耳が心地いい。

「あ、俺、こっちなんだ、ここ通り抜けていくの」

 道を進んでしばらくした後、小さな公園前で立ち止まった彼は、そういってその公園を指差した。

「じゃ、ここでお別れですね。さようなら」
「今日はほんとにありがとう。じゃね、マキ」

 手を振ろうとしたその時。

「あっ」
 
 俺は、思わず小さな声を上げた。

「へ? なに?」

 どうしたの?という顔で俺を見た結城さんだったが、俺の目は彼のかぶった帽子を見つめていた。そこには凄く大きな黒アゲハがとまっていたのだ。

「あなたの帽子に綺麗な蝶がとまっています」

「え? ほんと? 捕ってよ」

 見たい、と彼の笑顔が俺に伝えてくる。

「じっとしててください」

 俺は、ゆっくり彼に近づいて、そっとその作業帽子をとまった蝶ごと頭から取った。

「わっ。凄いっ。めっちゃ大きいね!黒アゲハなんてすごい久しぶりに見たよ」

 大喜びでそのアゲハを見つめる結城さん。

 その声にびっくりしたのか、アゲハがふわりと空へと舞った。

 フワフワと彼の周りを2、3度飛び回った後、公園内の木々の暗闇へ吸い込まれていったアゲハ。

「飛んでいっちゃった。バイバーイ」

 それを見送り、くるりと彼は俺に向き直った。

「綺麗だったね」

 だけど俺は返事が出来なかった。
 楽しそうに蝶と戯れていた彼を、呼吸も忘れたかのように見つめていたから。

 月夜に照らされて、今まで隠されていた蜂蜜色のふわふわした髪が光っている。
 帽子を取った彼はまるで妖精みたいに美しかった。
 思った以上に小さい頭に、あの写真よりもちょっと長めの、目にかかりそうな淡い金髪。
 顔の真ん中にすっと綺麗に鼻筋が通っていて、目元はふわりと少し垂れているものの、恍惚を感じているみたいに潤んでいる。
 小さいと思っていた唇はきらりと艶めいて、まるでさっきまで誰かとキスをしていたかのように存在を主張していた。



「……っん……」


 そして、小さな彼の声ではっと我に返った時、俺は自分のした行動に衝撃を受けた。
 彼のふっくらした両頬を両手で挟んで、その濡れた唇に自分のそれを重ねていたのだから。

「っ! ご、ごめんっなさいっ」

 あわてて彼からはなれた俺は、彼に触れてしまった自分の唇を手で覆い隠し、顔を背ける。

 何をしてしまったんだっ
 いきなり男にキスなんて・・・・・・

 俺は自分の行動の理由がわからず、彼を見れなかった。

「マキ、ふふ。ありがと」

 なのに、動揺している俺になぜか結城さんがお礼を言ってきた。

 唇を隠したまま、俺は彼に視線を戻す。
 男の結城さんが美しすぎて、動悸が治まらない。

 どうして……

「優しいキス、うれしいよ」

 たれ目がちな目尻をさらに優しく垂らして笑うと、彼はその目をつむって俺の顔にその綺麗な顔を近づけてくる。
 そして口元にある俺の手の甲にふわっとキスをした。

 うるさいくらいに自分の鼓動を感じながら彼を凝視し続ける俺に、
「バイバイ、おやすみなさい」
と、もう一度さようならを言って、彼は帽子を被り直しゆっくりと公園を歩いていく。

 結城さんの姿が見えなくなっても、俺はその場に立ち尽くしていた。

 何?
 今のは……

 あんな感覚は初めてだ。

 月明かりの下で、初めて結城さんの素顔を見た瞬間、まるで電気ショックを浴びたような衝撃が俺を襲った。

 俺は

 一瞬で男の彼に

 恋に落とされたんだ


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