Monsterシリーズ
□Monster
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恋人になってよ
☆☆☆☆☆
公園を出て道の角を曲がり、マキから自分の姿が見えなくなった瞬間、俺はその場にしゃがみこんでしまった。
唇に残る優しい感触が俺の暗闇をくすぐる。
あれは・・・・・・俺が望んだ事。
彼の意思じゃない。
でも、欲しかったんだ。
彼の唇が・・・・・・
体が・・・・・・
まさか、バイオ研究材料室で寝てたところを起こされるなんて思いもしてなかった。俺は、開かないドアにあきらめをつけて、完璧に眠りに入ってたんだから。
目を開けて見た彼の姿に俺は驚いた。
こんな時間に人がいた事もだけど、何より、俺を見つめる少し充血した茶色い目が、俺の暗闇をざわつかせたから。
久しぶりに見た人の顔。
しかも、マキはすごくカッコよかった。
ちょこっと長めの前髪を横に流してて、目はアーモンドアイで、茶色の瞳が優しい感じ。口は可愛い形で、笑ってるみたい。
極力人と視線を合わす事を避けていた俺には、彼の姿があまりにも新鮮すぎて、一気に食欲を駆り立てた。
ぞわっと奥が熱くなる。
のどの奥が、体の奥が、
全身が・・・・・・
[欲しい]
って沸き立ったんだ
さっき食べたのに......
蝶を見たいと理由を付けて帽子を彼に取らせたのも、俺。
わかってた。
俺の姿を見た彼が、俺に欲情する事なんて。
だって、それが、吸血鬼の能力だから。
ひとの本能を解き放つ。
俺を見るだけで、俺が欲しくなる。
だから今までずっと、男女問わず俺の姿を直視した人は、必ず俺を襲ってきたんだ。
そう、彼も俺を襲うはずだった。
それを待ってた。
食べたかったから。
だけど・・・・・・
彼は、俺にキスをした。
触れるだけのキス。
初めてだった。
あんなに優しいキス。
しかも、それだけ。
襲ってこない。
なんで???
不思議だった。
だけど、俺から襲うなんて出来ない。
いつも襲ってきたひとを食べてたから。
俺が欲しくてたまらなくて、おかしくなってる人を食べてたから。
だから、今日は
彼と、さよならしたんだ。
同じビルに勤めているから、また会える。
マキ、君がほしいよ。
次は俺を襲ってくれる?
*****
次の日、いつも通り俺は清掃作業をしていた。
この仕事はとても都合がよかった。
できるだけ顔が見えないように、気を使っている俺にとって。
だって、ずっと帽子を被っていられるから。
まじめに今日も一日仕事をして、時刻はもう4時。あと、一時間で定時、というとき、俺は声をかけられた。
「やほ、絵都、相変わらず猫背で地味だね」
呼ばれて振り返った先にはかっこいい従兄弟がいた。彼は俺のいとこの希山駿(きやましゅん)。俺の仲間だけど、俺とは見た目も性格もまるで逆。
身長175センチ。俺より10センチも高い。くるりとカールした天パの黒髪に似合う白い肌。目鼻立ちはすごくはっきりしてて、まっすぐな眉に濃いまつげ。彫りも深いし、目は瞳の大きな二重。面長の顔にそれらがきれいに収まって、めちゃかっこいい。3つ年下なんだけど、絶対俺の方が下に見られる。
はつらつとして、ものすごく行動的。食事も積極的に取っているから元気も有り余っている。
バイク便の仕事をしている彼が、大きな瞳を隠していたサングラスを外して俺を見た。
「相変わらずカッコいいね、駿は」
駿が俺の肩に手を置いて顔を覗き込んできた。
「今日はいい顔してるね。昨日、ちゃんと食べたんだ」
駿はよく気がつく。見ただけで俺が元気かわかるんだ。
「心配してくれてありがとう。うん、元気だよ、俺」
「ちゃんと食べないと、倒れたら俺も助けてあげられないからね。じゃ、ちょっと俺からも元気わけたげるよ」
ぎゅっと俺を抱きしめて、駿はキスをしてきた。
昨日のマキとはちがって、深くてクラクラするキス。
駿の唾液が俺の口に流れ込む。
俺にとっては甘くておいしい。
舌を絡ませながら、俺はそれをごくりと飲み込んだ。
マキのは・・・・・・どんな味がするんだろう・・・・・・?
唇が離れたら、周りが暗くなってきた。
電気が消えた訳じゃない。
俺が意識を失っただけ。
いつもそう、しばらく目を開けれない。
キスだから暗闇に落ちるのは2、3分くらいだけど。
そっと駿が俺を廊下の壁に寄りかからせてくれる。
「これからもちゃんと食べてよ。生きていくためなんだからね」
もうろうとした意識の中で駿の声が聞こえる。
「じゃ、俺仕事戻るから」
彼の腕が俺の体から離れていくのがなんとなくわかった。
駿・・・・・・ありがと。
−ちょっと、なんでまた寝てるんですか?
誰かの声とともに、ゆさゆさと体を揺さぶられて俺は目を開けた。
「ん・・・・・・」
「昨日も寝てたのに、あなた寝るのが仕事だと思っているんですか?」
びっくりした・・・・・・
マキだった。
「あっ・・・・・・マキ、おはよ」
「おはよじゃないですよ。しかも廊下で寝てるなんて、コーヒーでも飲んで目を覚ましてくださいね」
俺の視界にいっぱいになってる呆れ顔の彼が、横から手を出してスッと俺の前に湯気の立つココアが差し出された。
「え?くれるの?」
「ココアも少しですけどカフェイン入ってますから。それに寝られて俺の仕事がまた増えたら困ります。ちゃんと掃除してください」
温かくて甘いココアの香りが俺をふわりと包む。
「じゃ、俺は今から仕事なんで。あなたはもうすぐ終わりでしょ。寝ないで家へ帰ってくださいね」
「今から仕事なの?もう夕方の4時なのに・・・・・・」
「ええ、今週は準夜勤ですから。深夜12時までが俺の勤務時間ですよ。では」
マキは俺の手にココアを握らせると、トレンチコートの裾をなびかせながら軽快な靴音を立てて、その場から去っていった。
俺は、甘い香りを嗅ぎながら、昨日の事を思い出していた。
マキが俺にキスをした。
あの時、確実にマキは俺に欲情していたはずなんだ。
俺を襲いたくなかったのかな・・・・・・
俺のこと、もう一度見てくれるかな?
夜、マキの仕事が終わる頃に
彼を待ってみようかな・・・・・・?
そんな事を考えていた。
****
深夜12時、俺はマキと昨日別れた公園前に来ていた。
やっぱり、我慢できなかった。
彼に会いたかったんだ。もう一度、確かめたかった。
俺に欲情してくれる事を確かめたかったんだ。そして、彼を食べたかったんだ。
缶のホットココアを握って、俺は公園入り口の塀に寄りかかる。
「ん、おいし」
甘いココア、俺の大好きな飲み物。
今日マキがくれたココアも、甘くてほんとに美味しかった。
ココアの甘い香りに誘われたのか、昨日の黒アゲハがまたやってきた。
飲み終わった缶の上にぴたっととまる。
小さなストローの形をした口で、缶の入り口に残ったココアを吸ってる。
俺は、それをじっと見つめていた。
本当は花の蜜が良かったんだろうな。
俺も同じだよ。
甘いココア、大好きだけど・・・・・・俺がほんとに好きなのは甘くて少し苦い血液だから。
人を血を吸う俺と、蜜を吸う蝶。
似てるよね・・・・・・
俺の体も蝶みたいに、甘い液体で生きているから。
「結城さん?」
とまってた蝶に見とれてた俺にマキが声をかけてくれた。
きた・・・・・・
彼は昼間見たときには開けてたトレンチコートをの前ボタンを留めて、手には仕事用かな?ビジネスバッグを持っている。
「お仕事、お疲れさま」
そう言うと、俺は被っていた野球帽子を脱いでマキを見つめる。
ふわっとアゲハが空へと舞い上がった。
俺はそれをながめてから、もう一度マキへと視線を戻した。
俺を見て
俺の姿に心を奪われてよ
マキが俺をじっと見つめてる。
と思ったら、ふっと視線を夜空へそらして、呟いた。
「ああ、俺、おかしいな・・・・・・」
頭をフルフルと横に振ってマキは俺に話をしてきた。
「結城さん、昨日バイオ研究材料室で何をしてましたか?」
思いもかけないその一言に、俺の心臓が早鐘を打ち始めた。
何をしてたって・・・・・・
そんなの言えないよ
「えっと、寝てたんだけど・・・・・・」
「そうですよね。あなた寝てたんですもんね・・・・・・」
ふうっとため息をついてマキは続ける。
「じゃあ、いいです。あ、寝てたっていつからですか?」
「んーと、5時過ぎくらいから、かなあ・・・・・・」
「仕事、終わってからあの部屋に何か用があったんですか?わざわざ寝るために行ったとは思えない。家に帰ればいいだけですよね?」
マキが俺に鋭い視線を向けて問いつめてきた。
「本当に・・・・・・寝てただけ?何か目的があったと思われてもしょうがないですよね?」
・・・・・・もしかしてじゃなくて、何か、疑われてる?
確かに、あの部屋で疑われる事をしたのは確かだけど。
いや、犯罪を犯したのだけど。
「何か・・・・・・あったの?」
おそるおそる俺は聞いてみた。
マキはきつく俺を見つめていた瞳を優しく緩めて話してくる。
「たいした事はありませんよ。でも、在庫数が足りないんです。実験用の血液パックが」
・・・・・・やっぱり。
それは、俺がもらったんだ。
お腹空いたから・・・・・・
欲しくてたまらなかったから。
だって、血液を採らないと、俺、死んじゃう。
人の遺伝子を補給しないと、俺の遺伝子がくずれていくから。