Monsterシリーズ
□Monster
6ページ/23ページ
*****
公園で会ってから三日経ったが、それから一度も結城さんに会っていない。
よく考えたら付き合うとか言いながら、携帯電話の番号さえ交換していなかったんだ。
今日は金曜日、最後の準夜勤の日だ。来週は日勤だから、彼に会えるチャンスもあるかもしれない。
その時はちゃんと連絡先を聞こう。そう思っていた。
仕事が始まって既に2時間。午後7時だ。画面を見続けて目の疲れた俺は休憩しに部屋を出ようとした。
あれ?結城さん?
監視モニターのひとつに彼らしき姿が映った。思わず俺はその映像をアップにする。残業をしていたのだろうか、着替えを済ませた彼は更衣室のドアを閉めようとしていた。
相変わらず目深に帽子を被っている。せっかくの綺麗な顔が見れないな、笑ったら、すごく可愛いのに、と思っていたら、すっと彼の後ろから誰かの手が伸びた。そのまま彼をその腕が抱きしめる。
彼が驚いて振り向きながら何かをしゃべっていた。
俺は、胸がザワザワして音量をあげた。
『離せっ!!!』
『いいだろ。どーせ男に抱かれてよろこんでんだろ?』
見ず知らずの男のようだ。結城さんよりも二回りほども大きい。
『何のことだよっ気持ちわるいっ!!』
背後から羽交い締めにされた状態から抜けだそうと暴れる彼の動きに付いていけず、帽子が頭から落ちて金髪があらわになった。
『ほら、こんな可愛い顔してさ、ヤりたいだけヤッてんだろ』
『やめてよっ俺帰るんだっ』
『火曜日廊下でバイク便の男にキスされて腰抜かしてたよな。いや気絶してたのか?』
『・・なっ!!』
暴れていた彼の顔が真っ赤になる。火曜といえば、彼と出会った次の日。廊下で寝ていた彼にココアを上げたはずだ。・・・・・・キスして、気絶?あれは、寝ていたんじゃないのか?
と、疑問が一瞬脳をかすめたが、それどころではない。結城さんが変質者に襲われているのだ。
『図星だろ?あんな人目につくとこで気ぃ失うくらいキスするほど男好きなんだろ?』
変質者が彼のシャツの中に腕を入れてきた画像が映る。
『ちょっ!やめろっ!!!!」』
『俺も腰抜かすくらいキスして気絶するまで犯してやるよっ更衣室誰もいないしな』
『いやだっやっ!』
暴れる結城さんを男は無理矢理更衣室へ押し込もうとしている。俺はセキュリティ管理室を飛び出した。
エレベーターに乗って5階の更衣室へと向かう。セキュリティ室は33階だから階段よりこちらのほうが確実に早く着けるはずだが、エレベーターの待ち時間が長く感じられて俺は苛々した。
そして、5階に止まったエレベータから走って更衣室の前にたどり着くと、切れた息を整えるように大きく息を吸ってから、ドアを開けた。
−ガチャッ
更衣室にドアの開ける音が響く。結城さんを襲っている男の目が俺を捕らえた。
彼は両手を後ろに取られて床に押し倒されていて、大きな男がその華奢な体に馬乗りなっていた。
着ていたシャツはボタンがちぎれて白い上半身があらわになっている。
「おいっ用が無いなら出ていけよ、今取り込み中なんだよっ」
結城さんは気絶しているのか、ピクリとも動かない。俺は出来るだけ冷静に話しかけた。
「速やかにここから立ち去って下さい」
「てめぇ!邪魔すんのかよっ!」
「あなたがこの人に廊下で犯してやると言った一部始終、すべて録画して通報済みですから」
「なんだとっ!」
「心配しなくてもあと10分後には警察が迎えにきて下さるでしょうね」
「な・・・・・・っ」
男が不安な顔をし始めた。
「セキュリティ管理の完璧なこのビル内で犯罪を犯そうとした自分の愚かさを呪いなさい」
監視カメラを含め、様々なセキュリティシステムで管理されているんです。それを知りませんでしたか、と彼を脅していく。
「逃げるなら早い方がいいですよ。がんばってください」
「くっそっ」
捕まる不安に駆られ始めた男は、結城さんから離れると、ドアを荒々しく開けて去って行った。
その開け放たれたドアを閉めて、俺は結城さんに走り寄る。
「結城さんっ大丈夫ですか?!」
彼は目を開けて放心状態で天井を見つめていた。俺は自分のジャケットを脱いで彼にかけて、そっと抱き起こす。
「痛いところありませんか?」
「・・・・・・録画してるの?」
気絶してると思っていたけど起きていたらしい。
「えぇ、事実ですよ、でも通報は嘘ですけど」
「やっ、お願いっ・・・・・・っ消してっ」
泣きそうな声で俺に訴えかけてきた。
そんな彼の頭を撫でながら俺は言う。
「わかりました、消しておきます」
あんなシーンを撮られた事は、被害者として凄く嫌なものだろう・・・・・・
未遂で終わったことが何より幸運だったのかもしれない。
そう思って彼をぎゅっと抱き締めたら、小さな声で、結城さんが聞いてきた。
「マキ・・・・・・廊下の、聞いてたの?」
「えぇ、あなたが更衣室に連れ込まれそうになったのでここに来たんですけど、それまで全部聞かせてもらいました」
あなたがバイク便の男性とキスした事も知ってますよ。と、そっとささやく。
俺と付き合おうとか言いながら、あなたは別の男とキスをしていたんですか?
そんなニュアンスを含んだ、台詞。
すると、結城さんは
「もう・・・別れなきゃ・・いけない・・?」
と、泣きそうな声で俺に訴えかけてきた。
俺は少し笑ってしまった。
「なにを言ってるんですか?まだ付き合ってるとさえ言えないような状態の俺たちが別れるんですか?」
きょとんとした顔で彼は俺を見た。
「え?・・じゃあ・・・」
「名前以外、あなたの事がさっぱりわかりませんから、これから色々と教えてくださいね。まずは、携帯電話の番号。デートの約束したいですし」
彼の顔が、うれしそうに変化していく。
なんて、可愛いんだ・・・・・・
その笑顔で、ドクンドクンと胸の音が速度を上げてしまった俺の唇に、彼が近付いてくる。
「っんっ」
俺の首に両手をまわして彼がキスをした。そして、俺の唇を結城さんの歯が甘噛みしている。まるで口を開けて、とねだっているかのように。
その誘いに乗って少し唇を開くとヌルッと彼の舌が侵入してきた。そっと口内を動き回り、俺の舌をつついてくる。
彼をより強く抱きしめて、俺はその舌を絡めとった。
「んっ・・・はっ・・」
きつく舌を吸い上げてそれを愛撫する。ヌチュニュチュといやらしく音を立てて。
もう止められない。
彼の舌と吐息が熱く俺を誘う。
上あごの裏を舐め上げるとピクっと彼が震えた。
感じているんだ・・・・・・
俺は丹念に彼の口をなめ回していく。
俺の唾液がダラダラと流れ込んで動くたびにぐちゅぐちゅと水音が鳴る。
ゴクっゴクっ
彼が口にたまった唾液を飲み干した。
その音さえも俺を興奮させる。
もっと飲んで
俺を求めて
俺はあなたが欲しいんだ
可愛く笑うあなたも
キスをするあなたも
だから・・・・・・
その時、急に彼の腕が力を失い、するりと俺の首から滑り落ちた。
−え?
俺は彼の唇を離れ、彼の顔をうかがう。
結城さんは意識を失っているようだ。目を閉じて、ピクリとも動かない。
酸欠で気絶したんだろうか?
「結城さん?・・・・・・結城さん?」
呼んでも返答が無い。俺は不安になった。
どうして?何か、持病でも・・・・・・
「結城さん!結城さん!」
俺は彼を呼び続ける。
「今、初めてあなたから俺を求めてくれたのに、なんで、気絶してるんですかっ」
腕の中の彼をゆさゆさと揺り動かしていると、
「ん・・・・・・あ、おはよ」
彼がそっと目を開けた。たぶん、2分くらいしか意識を失っていなかったのだろうが、俺にとってはそれ以上長く感じられた。
「あれ?どうしたの。なんか心配事でもっ」
ぎゅっと彼を抱きしめる。
良かった。
目を開けてくれた・・・
「おはよじゃないですよ、あなたが意識を失うから・・・・・・」
「ありがとう。心配してくれたんだ」
「ごめんなさい、俺がキスしすぎたんですよね」
酸欠になるまで彼の口を塞いでいたことを謝った。だが、
「ううん、ちがうよ。俺の癖だから気にしないで」
と、笑って彼は言う。
癖?
「酸欠じゃ、なかったんですか?」
俺の質問に、潤んだ瞳が俺を見つめつつ、少し恥ずかしそうに言った。
「うん・・・・・・俺ね、キスして、唾液飲んじゃうといっつも目の前が真っ暗になるの。でも、すぐ起きるけどさ」
そんな事、初めて聞いた・・・・・・
「・・・・・・不思議な体質ですね。。それで意識を失うって。でも、以後、気をつけます」
「気をつけなくていいよっ、いっぱい欲しいもん、っあ、っ」
しまったと言うように彼は口を押さえて真っ赤になっている。
「・・・欲しいんですか?」
「う、ん、だって、甘くて美味しいから」
なんて興奮する事をこの人はさらりと言うんだろう。
俺の唾液が、甘くて美味しいなんて・・・・・・
「じゃあ、いっぱいしましょう」
「うん」
「あ、そうか。火曜に廊下で寝てたのはバイク便の彼とキスした後だったからなんですね」
仕返しにちょっといじわるな発言を言ってみた。
彼を困らせてみたくて。
「あ、ぅ・・・・・・彼とは、付き合ってるとかじゃないしっ、ほんとに・・・・・・でもっ、もうしないから、怒んないで」
俯いて小さな声で呟く。
「俺といっぱいする約束は守って下さいね」
笑ってそう言った俺は、彼の顎に手をかけ、うつむいた顔を上げさせると、もう一度キスをした。
そして、彼の舌を吐息ごと絡めとりながら思った。絡めとられているのは俺かもしれないって。
バイク便の彼なんて、本当はどうでもいい
さっきみたいに苦しむ顔を見たくない
あなたに笑っていて欲しい
そして、俺を求めて欲しい
結城さんが、欲しい
キスして欲しい
なんでだろう
出会ってすぐなのに、こんなにも、あなたが欲しくてたまらない
これが、本当の一目惚れなのだろうか
今までの恋はなんだったのか、と思うほどに
たった数日で
俺はあなたのことでいっぱいなんだ
あなたと言う甘い香りにつつまれて、出口がみえない
いや、出口さえ無いのかもしれない
この、不思議な恋は
☆☆☆☆☆