Monsterシリーズ

□君がいいんだ
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心じゃなくても【マキ】

☆☆☆☆☆

−翌日

「おはようございます」

 定時出勤した俺は、先に来ていた課長に挨拶をした。

「あぁ、おはよう。。。」

 あれ? 課長の声に破棄が無い。もしかして昨日のこと引きずっているのかな? 少し顔色も悪く感じる。

「課長、体調悪いんですか?」
「あぁ、少し、寝不足なだけだよ。ありがとう」

 軽く返答しただけで書類を見続けている彼は今日も会議に出席だ。管理職は会議ばっかりで苦痛だろうな。なんて思ったが、それよりも課長の体調が心配だった。俺たちの仕事は激しく動くわけではないけれど。

「大丈夫ですか? 無理はしないでくださいね」

 ありがとうと力なく言った彼は会議に向かった。
 俺はいつも通り仕事をこなす。そして、昼の休憩時間にいつも通りコーヒーショップへと向かった。

「いらっしゃい、牧田さん」
「こんにちは。今日はカフェモカ、いただけます?」
「ありがとうございますっ」

 相川さんは、営業スマイとは言えないほど素敵な笑顔でいつも元気をわけてくれる。そんな彼を見てほっとしたとき、「こんにちは。牧田さん」と別の誰かに声をかけられた。振り返った先には白衣に眼鏡の男の人。バイオ研究室所属の佐山さんだった。

「お元気ですか? 佐山さん」
 相変わらず三ヶ月は美容室に行ってない感じの伸び放題な髪の毛。でも髭は剃ってるみたいだし、あまり不潔な感じもしない。眼鏡で隠されてはいるけれど、実は結構なイケメンである事も相変わらず。
「ええ、元気ですよ。あなたも、元気そうですね」
「相川さんには負けますけどね」
 とカウンターの中にいる彼を見れば、こちらを向いてとびきりの笑顔で微笑んだ。

「俺は皆様にコーヒーで元気をわけてあげてますからっ。で、陽(よう)ちゃんは何注文すんの?」
「あっ、バカッ、名前っ……えっと、カプチーノにしようかな?」

 陽ちゃん、と呼ばれた佐山さんはあわてた顔。二人は結構親しいみたいだ。

「相川さん、公共の場では佐山さんとお呼びするべきでは? 佐山さんが困っていますよ」
「え? あ、今俺言っちゃったのっ? ごめん陽ちゃ、佐山さん、気をつけるよ」

 苦笑している佐山さんを見て、
「お二人は仲が良いのですね。相川さんいつもよりも楽しそうです。あなたがいると」
俺は、なんだか胸が温かくなった。

「ははっ、そうですか。仲良しなのはそのとおりですけど」
「はいっ、出来たよ。こっちが牧田さんで、こっちが佐山さんの」
 笑顔で飲み物を渡してくれる相川さんはやっぱり嬉しそうだった。

 そして俺は、件のひよこの話を相川さんに振る。

「相川さん、ありがとうございます。それから、ひよこの件なんですけど」

 ところが俺の言葉に反応したのは相川さんではなく佐山さんだった。

「え? ひよこって、あの?」
「うんそう。いいでしょ陽ちゃん、飼っても。俺が世話するし」
「もういいけどさ。おまえ世話焼きだから飼育に関しては心配してないよ。でも庭で飼ってくれよ。大きくなってから困るし、家の中はちょっと。てゆーか、お前結局名前……」
「やった! じゃ、2羽とも、俺にくれる?」
 
 佐山さんの落胆ぶりをものともせず、元気よく俺に微笑んだ相川さんだ。

「ええ、分かりました。では、今日、仕事が終わりましたら、持ってきます。午後6時頃、会社前で待っていてもらっていいですか?」
「うんっ、了解っ。やったねっ、可愛いだろうなー。庭に鳥のおうち作らなきゃ〜っ」

 そんな相川さんの満面の笑みを見て、佐山さんは優しく笑っていた。
 お二人はもしかしたら、俺と結城さんのような関係なのかもしれない。二人の間に流れる柔らかな雰囲気を感じて、俺は幸せな気持ちでコーヒーショップを後にした。
  

   *  

 仕事場にもどり、カフェモカを飲みながら作業をしていると、課長が戻ってきた。

「おつかれさまでした」
「ぁ、ああ、、」

  その返事には、やはり覇気が無かった。

「課長、お疲れですよね?今日はもう、会議もありませんし、早退してゆっくりお休みになっては……っ課長!」

 心配になって課長に声をかけたその時、ガタっと音をたてて彼はその場に崩れ落ちた。俺は慌てて課長を起こして仰向けにさせる。顔色が悪い。荒く息をしている課長が、呼吸しやすいようにとネクタイを緩めてボタンを外した。

「課長っ大丈夫ですか? 少し服をゆるめますね。……っあっ」

 そして、俺がソコに目にしたものは、俺にとってはよく見慣れたものだった。

 これは、キスマーク
 似ている・・・・
 俺が結城さんにつけられるあの印に。通常のキスマークよりもかなり鮮明な赤になる、吸血の刻印。

 もしかして、昨日、希山さんが吸ったのだろうか。倒れるくらいだから、かなり血を飲まれたのかもしれない。そう考えると顔色が悪いのも納得できる。
 彼は貧血なんだろう。しばらく寝ていた方がいい。

 俺は医務室に電話をして、担架で課長をベッドまで運んだ。そして、結城さんに電話をする。
希山さんと連絡を取って、彼に課長を預けようと思ったから。案の定結城さんは、快く希山さんに連絡を取ってくれた。

『午後6時頃には、駿来るって。それまで待ってて』

 俺はそれを聞いて、ちょうど約束の時間がひよこの受け渡しとかぶっている事に気付き、ひよこの件を結城さんにお願いすることにした。

『うん、分かった、ちゃんと渡しとくから、マキは、課長さんについていてあげてね』

 相川さんに、俺と結城さんとの関係がばれてしまうかもしれないと思ったけど、彼になら、きっと大丈夫だろう。俺は佐山さんとの微笑ましいやり取り思い出して、そう思っていた。

 その後、仕事に戻った俺は、時計を気にしつつ、5時半まで作業を続け、もう一度医務室へ行って、寝ている課長を見ながら希山さんが来るのを待っていた。
 そしてちょうど6時に、彼はやってきた。

「来てくださってありがとうございます」
「いや、いいよ。俺のせいだしな」

 やはり、血を吸いすぎたと言うことなのだろう。

 希山さんは、課長の髪の毛をそっと撫でていた。それはまるで恋人にするような仕草で、俺は、彼の中で課長を愛おしいと言う気持ちが、少し芽生えているのかもしれないと感じた。

 課長を起こさないよう、俺は小さい声で希山さんに話しかける。

「課長、希山さんのことが好きですよ」
「だろうな。そんなこと、分かってるよ。でも」

 撫でていた手を離して、彼はぎゅっと握りしめた。

「あんたがそれ俺に言う? 俺の好きな奴とあんなにラブラブでさ」

 希山さんは、やっぱり、結城さんを好きなんだ。それもきっと、俺が彼を好きになるよりずっとずっと前から。

 俺は、答えられなかった。

「あんたはどうしたいわけ? こいつが俺のこと好きって俺に言って、どうしたいんだよっ」

 声を荒げて、切なくて苦しい顔で、俺を見る。

 だけど、俺は……

「申し訳ないですが、結城さんとは別れたくありません」

 あなたに渡したくない
 いや、誰にも、渡したくないんだ

「あの人が俺の体が目的でそばにいるとしても、それでも、彼を手放したくないです」

 それは俺の本心だった。俺のことが好きだと結城さんは言ってくれているけど、俺の血だって彼は大好きなんだ。
 俺の心より血の方が大好きでも、それでも、彼のそばにいたいんだ。

「ああ、そうだろうね。俺だって、手に入れたら絶対はなさないのに」

 切ない表情を手のひらで握りつぶして、彼はまた、課長の髪を撫で始めた。

「こいつは俺のご飯だよ。セックスして血を吸って、それだけの割り切った関係。こいつに好きだとか恋人になってくれとか言われても、俺の中には絵都がいるんだ」

 髪の毛を指に絡ませて、課長を見つめた。

「偽りじゃ付き合えない。だからセフレでいいんだよ」

 それは彼の、最大限の思いやりなんだろう。優しさが、言葉の端から溢れていた。結城さんが『駿は優しい』と言っていた言葉を思い出して、凄く切なくなった。

「希山さん、優しいですね」
「優しくなんかねぇ。他の誰かじゃ意味がないんだ」
「そうですね、俺も結城さん以外は意味がないです」

 俺と希山さんは、見つめあうだけ。きっと、お互い切ない顔をしていただろう。

 恋は、こんなにも苦しいものなんだ
 そして希山さんの恋も、課長の恋も、かなわないんですね 

「分かってるよ。全部絵都が決めることだ。たとえ俺がお前を食べつくしても絵都は手に入らない。でも仕方ないんだよ。絵都のこと、ずっと、ずっと好きだった」

 苦笑した希山さんは、また課長の髪の毛をくしゃくしゃと触った。そのとき、課長の目がすぅっと開く。

「駿……結城くんが好きだったのか……」

 課長の声に、希山さんはフンと鼻で笑った。

「なに言ってんだ、俺が誰を好きだろうかお前には関係ねぇだろ? 昨日レストランでも言ったろ? お前はただのセフレ。それ以上俺に求めんな」

 だが課長は、真剣な目で彼を見た。

「駿、俺はそれでいいよ。お前のそばにいられるならお前が結城くんを想っていても……俺の隣にいてくれないか?」

 課長の言葉に、胸が締め付けられた。希山さんの隣にいたいと呟く彼は、まるで一年前の俺に見えて。心は無くてもいつか自分に向いてくれるのではないかと、そんな小さな希望にすがったあの時の俺に。

「なっ……何言ってんだよっ! あんたは俺の、セフレのひとりでっいいんだよっ!」
「俺のそばにいろ、駿。俺はお前が誰を好きでも、俺はお前を好きでいつづけることができるよ」

 叫んだ希山さんの腕を、グイと課長が引っ張って抱きしめる。腕の中の希山さんが暴れたが、それをものともせず課長は腕をほどかない。

「好きでいるから、ずっと。駿がかなわない相手の結城くんをずっと想っているように」

 そして、笑った。

「俺とオマエは似てるから。気も長いし、大丈夫だよ」

 くしゃくしゃと希山さんのウエーブのかかった髪の毛をかき混ぜて、希山さんをさらにきつく抱きしめた。

「そのままでいいから、オマエが好きだ」
「くっ……っっ」

 ぽろっと希山さんの目から涙がこぼれていく。

「あんった、にゃ…。っ、わかんねぇよっ、、ひっ、俺が、絵都を……っどんなにっ」

 泣きじゃくり始めた希山さんを見た俺は、そっと医務室から出て行った。それは俺が見ていいものではない。希山さんの心の中を俺が知ったところで、俺は、結城さんを渡せる訳ないのだ。そして、希山さんもそれを分かっている。

 彼らの、たったひとりの想い焦がれる相手を手に入れられない切なさが、まるで嵐のように感じた。いつかその嵐が二人を結びつけてくれたらと、願わずにいられない。でも人はいつでも、特別な『誰か』しか、愛せないんだ。そしてその『誰か』に自分を愛して欲しいと願ってしまう。たとえ叶わないと分かっていても。

 俺もそうなんだ。

 結城さん
 あなたに、恋焦がれて
 あなたが、大好きで
 あなたを、抱きしめて

 あなたが、愛しくてしかたないんだ

 
 あなたを……愛してる

 離したくない
 ずっと俺のそばにいてほしい

 たとえ俺の血をあなたが何よりも求めていたとしても
 俺はあなたを愛してるから

 隣にいさせてください、結城さん

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