Monsterシリーズ

□楽園
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対面

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 俺の実家が見えてきた。不安で早鐘を打つ心臓を意識しないようにしながら、俺は結城さんに笑いかけ、実家を指差す。

「あれが、俺の家です。きっと、母もドキドキしながら待っているでしょうね」
「俺もドキドキしてるよっ」

 俺の言葉に笑顔で答えてくれる結城さん。あなたの優しさがほんとうに身にしみてきます。もしかしたら、罵倒されるかもしれない、もう、二度と来ないでと言われるかもしれない。
 だけど、あなたは、不安を押し隠して笑顔でいてくれいている。

 ありがとう・・・・



 ーガチャ

「ただいま戻りました」

 俺は懐かしいドアを開けて挨拶をした。奥からバタバタと足音が聞こえる。

「おかえりー」

 やってきたのは笑顔の母さん。いつもの笑顔だ。

「ただいま、母さん」

 俺はもう一度挨拶をして、俺の後ろにいる結城さんの背中にそっと触れる。

「電話で言ったけど、この人、結城絵都さん、って言います。先週から俺と一緒に住んでるんだ」
「は、初めまして。結城絵都と言います」

 結城さんは頭を深く下げて、母さんに挨拶をした。

「初めまして、和義の母です。息子がお世話になっています」
「俺こそ」

 ずっと頭を下げている結城さんだったけど、
「顔を上げてください。そんな緊張しないで」
母の声で、やっと彼は頭を上げた。

 母さんは、彼の顔を見つめて、びっくりしたような顔をしている。

「……すごい、美人……和、あんた面食いだねぇ」
「母さん……」
「あははっ、とりあえずあがって。お昼ご飯の準備の途中だから。素麺だけどね。ほら和義、結城くん案内したげてよ」

 苦笑した俺に笑いかけ、スリッパを出した母さんは、バタバタとキッチンへと戻っていった。
母さんの戸惑いと優しさが、伝わってくる。結城さんを受け入れてくれようとしている。

 母さん、ありがとう

「結城さん、あがってください」
「・・・・うん、ああ、、緊張する。」
「大丈夫ですよ。あ、先にこっちの部屋に少し寄りますね」

 そう言って俺は廊下を母の進んだ方向とは逆へと向けた。ふすまを開けて、中に入る。ここには、仏壇があるから。

 俺は座布団に座り、手を合わせる。結城さんも俺の後ろに正座をして手を合わせていた。静かに目をつむってお祈りをしている彼には、やはり感謝の思いしか出てこない。

「ありがとうございます」

 しばらくして合掌をほどいた彼に頭を下げたら、
「ううん、ご先祖は大切にしないとね。ふふっ、驚いてるだろうけどね。恋人が男かよっ! って」
と笑う。

「結城さん、俺もご両親に挨拶、したいです。いつか、案内してくれますか?」

 もういない彼の両親。だけど、せめて、墓標でいいから、お礼を言いたい。彼を、産んで、育ててくれて、ありがとうございますと。
「うん、ありがとう。じゃあ、今度一緒にいこ」
 にこりと笑う彼の手をそっと握って立ち上がる。そして、俺たちはダイニングへと向かった。

「あーっ、かずっ、ちょっとザル持ってて〜」
 ドアを開けたとたんに母に手伝えと声をかけられた。
「はい。これでいいですか?」
 言われるままにザルを持って素麺を待つ。

「サンキュっ、そのままね。。。。」

 ザーっ
 熱いお湯がシンクに流れて熱い湯気を放つ素麺がザルにたまっていく。
 そして母は素麺を洗い始めた。

「あ、お茶、入れといて」
「麦茶、冷蔵庫にある?」
「あるよ、水ようかんもあるから、出して食べて」
「ありがとう」

 俺はお茶と水ようかんをもってリビングへと向かう。結城さんはソファに腰掛けて俺と母を優しく見ていた。

「ふふ、、マキのお母さん、マキに似てるね」
「そうですか? 顔?」

 彼の隣に腰掛けて水ようかんを差し出しながら俺は聞いた。
「顔もだけど、なんか、雰囲気。柔らかいっていうか、優しいっていうか」
「褒めてくれてるんですね。ありがとう」

 少し照れながらそう言う俺に、結城さんはふわっと笑いかける。
「優しいとこ、お母さん譲りなんだね。じゃあ、カッコいいとことかは、お父さん譲りかな?」
「父とは、会えませんけどね、すみません」

 離婚してもう何年になるのか、父とは全く会っていなかった。

「ううん、いいよ。でも、もし会えるなら、マキと、お父さん二人だけでいいから、会った方がいいと思うけどね」

 死んでからでは会いたくても会えないから。そう小さな声で呟いた彼の顔を見つめて、俺はそっとその柔らかい髪を撫でた。

「そうですね。また連絡してみます。その時は、あなたも会ってくださいね?」
「俺も? いいよ、それは」

 顔を赤らめて断る彼。

「だめですよ。会ってもらいますから。じゃないと父には会いません」
「もう、そんなの、ずるいよっ」

 俺たちは二人で見つめあって笑った。

 そう、この笑顔。彼のこの笑顔が、俺を幸せにしてくれるから、父にも見せてあげたい。俺の、幸せの元を。

「なーに? 何か楽しいこと?」

 笑いあっている俺たちを見て、素麺をキッチンから運んできた母が声をかけた。
「母さんと俺が似てるって話をしてたんです」
「顔はねー、似てるかもねっ、でも、かーさんのほうが美人よっ」
「自分で言わないでくださいね」
「ふふっ、でも、結城くん、ほんとに美人ねぇ。キラキラしてるわね。おじいちゃんとおばあちゃんにも見せたかったな」
「あ、そう言えば二人は?」

 いつも家にいる祖父母の姿が無いことに、今頃俺は気付いた。

「昨日から2泊3日で旅行に行ってるの。自治会の敬老会主催のね」
「そうでしたか。残念です」
「また二人がいる時に来たらいいじゃない。大体いつでもいるんだから、あの二人は」

 母はお皿と箸を俺たちに渡しつつ、そう言った。

「・・・・結城くん?」

「・・・ありがとう。。。ございます。。ヒっっ」

 結城さんを見ると、彼はポロポロと涙をこぼして泣いていた。
 母に『また来たらいい』と言ってくれたことが、彼の感情を揺り動かしてしまったんだろう。母は少し驚いて、彼を凝視していたけど、

「私たちも、あなたも、この1週間、不安だったのよね。あなたの泣く気持ちも分かるわ。私も泣いたもの。おじいちゃんとおばあちゃんもね。ごめんね、二人とも」

 そう言う母の瞳も潤んでいた。

「母さん、すみません」
「本当に……っく……ごめんなさい……俺で……っ」

「この1週間ね。ずーっと、和義のことばかり考えてたの。ひっっさしぶりだった。あーんなにあんたのこと考えたのはっ」

 笑いながら母は言う。

「あんたを男好きに育てた覚えは無いって思ったり、ただの気の迷いだって思ったり、孫の顔が見れないじゃんって思ったり、もう、ね、いろいろ考えちゃった」


「でも、ね、考えても考えても……ただひとつ、そう……一番大事なことってね」

 俺を見つめて母さんが言った。

「和義、あんたが、幸せであること。……ただ、それだけなのよ。親の想いは」

 そのときの母の目は、とても強く輝いていた。

「あんた、幸せなんでしょ?」


「はい。幸せです」
「じゃ、それでいいよ。ね? 結城くん。あなたも和義といて幸せなんでしょ?」
「・・はい、、っ」

 母は、笑顔のままで言う。

「それでいいのよ。幸せでいることが最高の親孝行なんだから。いつまでも、元気で、笑顔で。それだけよ」

 そして少し潤んだ瞳をこすっていた。

「ほら、素麺、のびちゃうでしょ? さっ、、食べよっっ」

 俺はポンポンと結城さんの頭を撫でて、彼の涙が泊まるのを待った。

「本当に……ありがとうございます」
「母さん。ありがとう」
「だから、、、お礼はいいから、早く食べよっ」


 俺たち3人は笑いあって箸をもった。

「「いただきます」」

 おいしそうにもられた素麺。初めて食べる3人での食事。さわやかな素麺とともに、窓からの夏風が窓際の風鈴を揺らして、俺たちを優しく包んでくれていた。


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