短編集

□手、つなごぉ(5p)
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 ああ、ユキさんのこと、俺、本気で好きなんだ・・・・・・って、その時ようやく気づいた。
 でも、ルームメイトで良かったなんて、確実に友達の立ち位置じゃんっ。

 いや、確かに友達だよ。俺だってずっとそう思ってた。

 でも、俺、初めて会った時から、ユキさんの笑顔に惹かれてた。
 そんで、ユキさんが見せてくれる絵に、いつも心打たれた。

 風景画なのに、すごい優しいんだ。春の野山なんかはもちろん、荒波でしぶきの飛ぶ海とかでも、優しいの。荒れ狂う波の向こうに希望があるような、そんな絵なんだ。 

 絵の才能のない俺が見てそう思うんだから、きっと学芸員さんとかなら、もっとわかるんじゃないのかな。   

 そんで、ユキさん自身も彼の描く絵以上にとても優しい人だった。
 7つも年下の俺がタメ口聞いてももちろん怒らないし、早起きの彼はよく俺の朝ご飯も一緒に作ってくれたりするし、初めて会社で取引先の人にプレゼンしたときに大失敗して落ち込んだ俺を、ずっと慰めてくれたりもしたんだ。
 そんで、次のプレゼンは必死でがんばって、大成功して、契約を無事に取った。
『ユキさぁんっ。契約取ったよっ』って泣き笑いで彼に飛びついた俺に『お前、ガキみたいに感情表現豊かだな』なんて言いつつも、喜ぶ俺に付き合ってくれて。

 でも、それもルームメイトだからなわけで。


 だけど自分の気持ちに気づいてすぐにユキさんは行方不明になってしまって、俺はこの感情を持て余してたんだ。


 そんなルームメイト止まりで写真すら持ってない俺は、しかたなく口頭だけで人探しをすることにした。

 駅員さんにまず声をかけたんだ。
「すみません、人を捜してるんですけど・・・・・・」
「えっと、どんな人、でしょうか?」
 いきなりの質問に、はあ?と顔を一瞬しかめた50才くらいの駅員のおじさんに、
「あの、田宮悠季人さんって言う、画家なんですけど。ご存じ、ないです、よね?」
て言ったら、
「ああ、ゆきとって、ユキチャン?知ってるよっ」
って急に笑顔になった。って言うか、ユキチャンってなれなれしいよ。
 
 どう言うこと?知り合い?
 こんなに早く彼の足跡が見つかるなんて思いもしなかったけど、気になる。

「知ってるんですかっ」
「知ってるもなにも、良くこのホームで絵を描いてたよ。最近はめっきりなくなったけど、まだ夏頃は、毎日来てた。上手に描くからついつい気になって声かけたりしてたんだ」
って話した。

 毎日って、そんなに?
 俺、この駅よく使ってたのに、ユキさんがここで描いてたなんて知らなかった。
 それにユキさんはいつも自然な風景画ばかり描いてたのに、駅とか人工的な風景も描くんだ。俺、見たことない。

「ユキさん、どっか行っちゃって、探してるんです。この駅から切符買って移動してるはずだし、知りませんか?あ、俺、ユキさんのルームメイトなんですけど」
 と訪ねたら、
「あの、あそこにいる掃除のおばちゃんに聞いたら分かるかも。この駅で一番仲のいい人だから」
 と指先で示しておばちゃんを教えてくれた。
ありがとうございますと手短にお礼を言ってそこを走り去り、俺はゴミ箱を整理しているおばちゃんに声をかける。

「すみませんっ、ユキさんを探してるんですけど、どこに行ったかご存じありませんかっ」

 え?とゴミ袋から顔を上げたおばちゃんは俺の顔をじーーっと1分くらい見つめてから言った。

「・・・・・・あんた、レン?」

 その言葉に、涙がでそうになった。
 
「違います。俺は、ハルです」
と自己紹介をする声も落ち込む。

 そんな、レンって人に似てるの?俺・・・・・・

「そうなの?以前あんたに似たレンって子を描いたラフスケッチ見たことあったから間違えたわ。で?あんたユキのなに?」

 おばちゃんっ、ユキだなんて呼び捨てで、あなたどんだけユキさんと仲良しなんですかっ

「えっと、ルームメイトなんです。ユキさん、一月前から姿見えなくなってしまって」

「一月前?ああ、お里に帰るって言ってたから、それじゃない?」

 なんてさらっと言った。

「ユキさんのお里っどこですかっ」

「・・・・・・ほんとにルームメイトなの?ユキの里も知らないなんて」
 ユキさんの母親よろしく、いぶかしげに俺をみるおばちゃんにあわてて俺はスマホの中にあるユキさんの絵を見せた。

「ほらっ、これっ。ユキさんが俺に見せてくれた絵ですっ」
「ああ、これつい最近のだね、ユキ、やっぱりうまいなあ」

 そしておばさんはようやく笑顔になって俺のこと信用してくれて、教えてくれたんだ。
「ユキの里はここから電車で2時間くらいのって、そこから先のワンマン電車に乗って30分くらい。まあ、どっちも終点だから行けばすぐわかるよ」
って。

そして別れ際、
「間違えてごめんね、ハル」とニコリと笑って謝られた。

 おばさん、その言葉、酔っぱらって俺をレンさんと間違えたユキさんに言ってもらいたかったよ。
 でもありがとう。

 
 掃除のおばちゃんにぺこりと頭を下げた俺は、教えられた駅までの切符を買って、各駅停車の電車に乗った。

 冬の寒空の中、電車はガタンガタンと音を立てて進む。各停なんて、久しぶりに乗った。
 都会の急がしさの縮図みたいな快速とは違う穏やかな揺れに、俺はいつしか眠りについてしまってて、結局終点で車掌さんに起こされるなんて失態を見せた。
 独り身の寂しいクリスマスにまさにぴったりのシュチュエーション。

 いやいや、今日はユキさんを探しにきたんだ。

 気持ちを切り替えて今度はワンマン電車に乗り込む。
 1車両しかない電車は、レールの上を走っているけど、まるでバスみたい。
 車内には俺と、数人のお年寄りと運転手だけ。

 田舎に来たんだな、としみじみ思いながら、窓の外をぼうっと眺めた。
 葉を散らせて既に冬支度を終えた木々が山を寂しげに彩る景色が車窓を通り抜けていく。
 まるで、今の俺の気持ちみたい。

 ユキさんがいなくなって一ヶ月。
 ユキさんを好きだと分かった一ヶ月。

 この一ヶ月、ずっと、ユキさんの事ばかり考えてた。

 ユキさんの城であるアトリエの前をうろうろしてみたり。
 ユキさんそろそろ帰ってくるかな、なんて思って彼の好きな甘いドーナツを買ってきたり。
 
 ユキさんがいなくて寂しいって、ホントに思った。

 あなたの笑う顔がみたい。

 あなたが完成した絵を嬉しそうに俺に見せてくれるその顔。
 ホント好きなんだ。

 あなたを見てるだけで、俺、幸せになれるって気付いた。


 ユキさん、どこ行ったの?
 俺さ、ユキさんに会って、言いたいことがあるんだ。
 もうルームメイト解消になっちゃうかもしれないけど、それでもこの一ヶ月、ずっと、あなたのことで頭がいっぱいで。

 俺がレンって人に似てるから、ユキさんが俺に気を許してルームメイトになってくれたんだろうけど、でもそれでも、俺、もうどうしようもない。

 ユキさん
 会って、言わせて。

『あなたが、好きだ』って。


 俺は、そのために今日、あなたを捜すことにしたんだから。 
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