短編集
□名前の無い想い(7p)
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「答辞。卒業生代表。黒島英二」
「はい」
英二が呼ばれた。
英二は高校入学時から成績が学年トップクラスで、もちろんクラスは特別進学コース、いわゆる特進だ。入学の時は170センチの俺より低かったくせに、2年になる頃には180まで背が伸びて、俺は見下ろされた。そして、成績も伸びに伸びて、2年生からは主席をキープ。
顔は、醤油顔、ってかんじの面長、彫りもそこそこ深いし、鼻筋も通って男らしい。その割に、眉毛は柔らかな弧を描いて少し細め。二重のアーモンドアイ。バスケ部の主将なくせに、柔らかな物腰。
女子生徒にも大人気なあいつは、俺の自慢のダチだ。
そして英二は国内最難関の東都大前期試験に見事に現役合格。
ま、そういう俺は特進クラスの中でも落ちこぼれ。特進は医学部や東都大目指す奴ばっかで、そんな中、俺は前期試験の西日本大工学部は見事に落ちて、後期に賭けてる。
模試でもB判定だから、なんとかいけるか??程度だけど。
ちなみに西日本大は、東都大に比べたら、ランクは3つくらい下だ。
これで落ちたら、私学か浪人か。
そうなったら浪人決定だ、俺の場合。
私学に4年行くより、1年浪人して国立大学に行く方がかかる金が安いと言う理由だ。
うちはビンボーだから。
貧乏人の親に生まれたからね、『国立しかだめだ』って言われてるから、私学は受験さえさせてもらえてない。
きっと浪人しても塾には行かせてもらえないから自力で1年勉強するしか無い。
できれば、てか絶対後期受かんなきゃな。
「黒島って東都大受かったんだろ?すげーな」
隣の西岡が更に隣の前田に話しかけていた。
「ああ、だけど蹴るらしいぜ。東都大理科V類を」
「マジで?!理科V類ったら、医学部まっしぐらだろ。バカじゃねーの?勉強し過ぎておかしくなったか?」
「ほんとは医学部じゃなくて薬学部に行きたかったとかなんとかって担任の奈良センに話してたとこ聞いちまってよ。そんで、西日本大の薬学部後期試験受けるらしいぜ」
「あー、すげーな、余裕で受かるだろ。そんなの」
「だろーな。俺はなんとか西日本大の工学部受かったけどさ。オマエは?」
「俺?落ちたよ。西日本大医学部。後期の中部日大が受かればいいけどな・・・・」
「オマエんち医者だもんな、ぜってー医学部行かなきゃいけなんだろ?大変だなあ」
「医者になりたかねー訳じゃねーけど、そこしか道がないのがちょっとやだねえ。まあ、医者になって、黒島の作った薬でも患者に処方すっかな?」
「ははは。どんだけ未来の話してんだよ」
こいつらもかなりの頭脳の持ち主だ。
俺は太刀打ちできねーな。
でも、噂好き過ぎるだろ。あいつが東都大蹴るなんて、あり得ないだろ、マジかよって、ダチの俺ですら思ってんだからな。
なんて噂話を盗み聞きしてたらいつの間にか英二の答辞が終わってた。
聞いてるヤツなんて教師と来賓くらいだろうから、どうでもいいか。
「卒業生起立!」
せっかく座ったところだったのに、また立たされた。英二、もうちょっと、長めに答辞やってくれよ。
「まわれ、右!」
「在校生による蛍の光合唱」
チャラチャラと音楽がなり始めた。
閉店間際のスーパーでも流れるありがたくない曲だな。
お前ら、早く去れよと言われている気分になった。
ああ、どうせ、今日で最後だからな。
こんな卒業式に出席する時間があるなら、家に帰って試験勉強したいくらいだよ。
ふぅ、、、と小さい溜息を漏らした俺に、
「おい春希、真面目に歌、聞いてやれよ。最後なんだから」
と英二が話しかけてきた。いつのまにか、俺の後ろに立ってやがる。
「あ、英二、戻ってきたのか。お疲れ、答辞」
「ああ、オマエはため息ばっかだな」
「そりゃ、前期落ちってっからな。俺だけじゃなく、前期落ちたヤツはみんな暗いだろ?こんなのとこで曲聞くヒマあんなら、勉強したいってのが本音だよ」
「そうかもな。。。」
ああ、、と声を吐き出したら
「卒業生退場」
のかけ声が響いた。
やっと終わったよ。
高校生活、いろいろあったけど結局は大学受験の為の3年間だったな。
みごとに勉強漬けだった・・・・さて、これでほんとに良かったのか?俺の青春?
なんて思ってみたりするのは今日が卒業式だからだろうな。
さよなら、俺の高校生活。
そして、できれば、こんにちは。大学生活。
と、いきたいところだ。
さて、とっとと帰って勉強すっかな。
と足を動かそうとしたら、ぐいっと腕を引っ張られた。
「なんだよ。英二。。あれ?前田?」
英二かと思ったら、俺の落ちた西日本大工学部が受かった前田だった。
「黒島じゃねえよ。オマエはいつも英二英二って、結局黒島はオマエの近くにいたいから東都大蹴ったんじゃねーの?下沢よぉ。。?」
ーーーー返答に困るな。。
「前田、、、俺に何言っても無駄だぜ?英二に直接言えよ。アイツが決める事だろ?俺は全くタッチしてないからな」