総一テキスト

□+恒例行事の罠
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「…これなら、あんまり甘くないと思って」

コトリ、と上品な音を立てながらちゃぶ台の上に置かれたのは、ほんのりと甘い香りを漂わせるホールケーキだった。

「これは…アールグレイか?」
「うん。初めて作ったけど、結構上手く出来たと思う」


昨年は正直にチョコを作ったばっかりに、バレンタイン恒例(?)のチョコプレイをされた一騎。
もうあんな恥ずかしい思いはするもんかと、数日前から思案した結果がこのアールグレイ・ケーキである。

これなら甘さ控えめだし、紅茶好きの総士も喜んでくれるだろう。
我ながらナイスアイディアだ、と、作り終えたときににんまりと笑ったのは一騎だけの秘密だ。


「凄く美味しそうだ…」

嬉しさに頬を紅潮させる総士。
ホールケーキの横に置かれている小皿が、史彦作のあのなんとも芸術的なモノだという事はこの際無視だ。

「以前から思っていたが、お前は何でも作れるんだな」

ホールケーキを見ながら、酷く関心した様子で言う総士。

「いや、そんなことないぞ。本見ながら作るなんて、誰でも……できるし」

一瞬一騎の脳裏に浮かんだのは、クラスメイトの遠見真矢だ。
彼女の料理はある種芸術的で、誰も歯が立たない。
この時期になると、クラスの者は皆胃薬を常備するようになる程だ。

「俺、紅茶淹れるから…ケーキ、切り分けといてくれるか?小皿はそこにあるから」
「あぁ、判った。すまないな」

無類の紅茶好きの総士に強要されて、何度も紅茶を淹れるようになった一騎。
元々料理の才能があり物覚えも早いので、"紅茶を淹れたら竜宮島一(総士談)"になってしまった。
本人にとっては嬉しいのか悲しいのかよく判らない事態だ。


ティーセット一式を持って一騎がやってくると、ちゃぶ台の上には見事に切り分けられたケーキとフォークが二対ずつ並べられていた。

コポポポポ…

普通の食器というものが無い真壁家で、唯一まともな、何故あるのか判らない淡いピンクの花をあしらったティーカップとソーサ。

夕日が映った紅葉のように紅い液体が、カップに注がれる。
鼻腔から肺に満ちるその香りに、ほぅ、と総士はため息をついた。




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