みじかい2

□ねえ、ご存知?
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ねえアリア、知ってる?
僕がどれだけきみのこと見てきたか。
どれだけきみを愛してきたか。
知らないでしょ?


「ト、トムっ、たすけ、っ助けて…!っうえぇ…」

ぼろぼろ涙を零しながら僕にすがるアリア。
全くもう、と僕はため息を吐いた。
アリアの手には羊皮紙が握られている。

「…今度はなに。どうせ魔法史でしょ?」
「そ、そうです…っうぅ」

アリアはいつも宿題を溜めては僕に泣きついてくるんだ。
大概、魔法史の宿題。
アリア、魔法史苦手だもんね。

「て、手伝って、ください……」
「…仕方ないなあ」
「ああありがとうううう」

こんな風にアリアが頼るのは僕だけだから、全然構わないんだけどね。
むしろ嬉しい。
アリアに頼られるのは、好きだ。
他の人間は総じて欠片も興味が湧かないけど、アリアは別。特別だ。

「どこが分からないの?」
「…ぜんぶ…」
「……たまにはちゃんと授業聞きなよね」

そんな僕の言葉にも、涙で濡れた瞳でごめんなさい、と笑う。
その綺麗な笑顔が何年も、そう何年も、僕を捉えて離さないんだ。
孤児院で兄妹みたいに育った僕たち。
あの頃から、同じ力を持つアリアは僕のお気に入りだった。
お菓子やら、綺麗な石やら、野原の花やら。
アリアが喜びそうなものを集めてはあげていた。
その度さっきみたいに「ありがとう!」って笑うんだ。
きらきら、その笑顔は僕の知ってるなによりも綺麗で、僕の心を鷲掴んだ。

「魔法史ってなんでこんなに覚えにくいんだろ…」
「アリアの脳みそ、容量少ないもんね」
「トムと比べたらそんなの当たり前じゃないかっ」
「誰と比べてもそうだと思うよ」
「………トムの意地悪」

むう、と膨らむ頬っぺたが可愛らしい。
思わず緩む口角を慌てて引き締めた。
その丸い頬っぺたも。さらさらの髪も。愛くるしい顔も。
羽ペンを握る細くて長い指も、華奢な体躯も、澄んだ眼差しも、くるくる変わる表情も、ちょっとぶっ飛んだ思考も。
全部全部、僕は見てきたんだよ。小さい頃から、ずっと。
僕だけが知ってるアリアだって、たくさんある。
…僕が何年も焦がれてきたことなんて、アリアは露ほども知らない。

「トムー、これ、この改革起こした人って誰だっけ?」
「それ、今アリアが開いてるページに載ってるよ。右下」
「おわ、ほんとだ!」

今はまだ、それでもいい。
ふわふわの綿菓子みたいな甘いアリアの能天気さを、優しい幼馴染みの立場からたっぷり堪能するのも一興だろう。
でもね?

「あ、指にインクついてるよ」
「え?ほんとだ、って、トム!?」

近いうち、必ず。
そんな仮面剥ぎ取って、剥き出しの本性で、きみのこと、食べちゃうから。
そうしてじっくりと、その可愛い耳に僕の今までの想いを囁いてあげる。
手首を掴んで引っ張って、口に含んだ指先は、インクの苦味を打ち消すくらい甘いアリアの味がした。




ねえ、ご存知?

((僕の長い長い片想いをきみ、知ってるかい?))




「…トム、インクなんか舐めたら体に悪いよ?早く離して、まずいでしょ?」
「(なんでこの子こんなに馬鹿なんだろう…)うん、ごめんねアリア」











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