みじかい2

□夢で逢いましょう
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他人の夢の中に、侵入する。

その魔法は極めて高度で、且つ、術者の体力を多分に奪う。
それを理解しつつ僕はその魔法に溺れた。
なぜかって?
そんなの僕だって知りたいさ。


「う、んっ…」

切なくて甘ったるい吐息が、真っ白い無機質な空間に響く。
レイブンクローの青いネクタイと、知的な瞳が視界にちらついて更なる目眩を誘った。
柔らかい肌に吸い付いて、痛ましいほど赤い鬱血の痕が残るのを楽しむ。

「っと、む、…いや、」

すべての記憶や記録から消し去りたいほど忌まわしい名前を彼女が呼ぶ。
それが、こんなにも甘美に耳に纏わりつく音だったとは想像もしなかった。
僕のシャツをきつく握り締める彼女は熱にうかされたように蕩けた顔をしていた。
清潔なシーツの仄かな薬臭さもまた、僕の興奮を煽る。

「トム…早く、ねえ…」

ことを急かす彼女の声を無視して、殊更にゆっくり、じれったい手つきで服を脱がしていく。
衣擦れの音が壁に反響する。
この、空虚な快感。――非現実の中の遊戯。
昼間はあんなに理知的に輝く瞳も、錦糸のような髪も、真珠のような肌も、真っ赤な頬もこんなに近くにある。
望めば全てを掌握し、呑み込んでしまえるくらい、近くに。
でもこれは全部幻だ。
重なり合い絡み合う魔法が生み出した、都合のいい夢だ。
それでも僕は、手を伸ばす。
命さえ削り取る魔法に、耽溺する。

「トム、好き、好きだから…んん、っ」

懇願の声と少しずつ暴かれていく肢体。
空気に晒される痴態。
彼女はこれを毎日、覚えてくれているのだろうか?僕のように。
快楽にかすみがかっていく頭でぼんやりと考えた。
毎晩、毎晩、彼女の夢に入り込んではこうして、彼女を弄んだ。
夢は常に僕に都合よく動く。
彼女は、現実では会話すらまともに交わしたことのない僕を好きになって、こうして体を重ねてくれる。
一瞬の、一抹の罪悪感を目の前の大きな快楽でひねりつぶした僕は、この際全てに目を瞑ることにしてとにかく、彼女との夢幻の遊戯にのめりこむことにした。


甘い甘い彼女を食べ尽くす僕は、いつも夢の終わりに彼女の耳に囁く。

「また、夢で逢おうね」と。




きみが僕に見向きもしない現実なんかいらないさ。
幸せなこの夢さえあればいい。

たとえこれが、崩れかかった哀れな虚構に他ならないとしても。



(これも一つの、愛だから)











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