みじかい

□欲望
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昔、思い出したくもないあの汚らしい孤児院での話だが。
ほんの短い間だけ、小鳥を飼っていたことがあった。
傷付いて巣から落ちていたのを、気紛れで拾ってきて育てていたのだ。
真っ白な羽の小さな小さな鳥だった。



「アリアはね、今その鳥と同じなんだよ」

綺麗な髪を梳きながらそう語りかけると、アリアは丸い瞳を僕に向けた。
その瞳には僕の笑顔はどう映るのか、ふと気になった。
歪んでいるだろうか。気付かれているだろうか。

「おなじ?」
「そう。アリアは今鳥なんだ。僕の可愛い可愛い小鳥」

歯の浮くような、台詞だ。
かつては性欲のはけ口たる女達に言っていたようなそれも、アリアにならば純粋な気持ちで囁ける。

「僕に可愛がられていれば、平和に暮らせる。でもね、」
「僕はきみを、いとも容易く殺せるのさ」

自分で言って、恍惚とした。
アリアを殺せる。簡単に殺せる。
そうして永遠に、僕のものにできる――!
想像してみれば、それは夢のような快感だ。

「…わたしを殺すの?」

ふっくらした唇で尋ねるアリア。
その顔に恐怖は浮かんでいなかった。
その髪を一束掴んで口付けると、ふわりと花の匂いがした。

「…殺さないだろうね、恐らく」

その言葉はため息と共に吐き出された。
殺せたら、ねえ、どんなに幸せだろうね?
アリアは猫のように目を細めた。

「アリアは、もちろん、殺したら死ぬだろう?」
「…もちろん」
「そして生き返らない」
「…そうね」
「そんな不完全なアリアを、殺せる訳がないじゃないか。殺したら、それで終わりだなんて」

傷一つない無垢な白い肌に指を這わす。
その白さに一点色をつける唇が愉快そうに弧を描いただなんて幻だろう。

「じゃあわたしが不死身になったら、何度も生き返るようになったら、わたしのこと殺すの?」

透けそうに白い肌。
小鳥の羽に似た、柔らかなそれ。
上へと指を伝わせて前髪を上げて、現れたやっぱり真っ白な額にそっと唇を押し付ける。
それが消えない刻印になればいいと思った。

「そういうことになるね」

そう言うと今度こそはっきりとアリアは笑った。
ゆるやかに、完璧な弧を描く唇。

「じゃあ早くそうならなくちゃね」
「…どうして?」
「だってトムの願いだから。それにね、」

もしうっかりトムがわたしを殺しちゃっても、またずっと一緒にいられるようになったら、それってすっごく幸せだから。
馬鹿な小鳥だ。自分から鳥籠に飛び込んでくるなんて。
それでもアリアの言葉が嬉しくて、勝手に笑みをつくるのを制することもせず、赤い果実のような唇に噛み付いた。









(甘く美しく歪んだ僕らの欲望)






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