みじかい

□暗澹
1ページ/1ページ





生まれてこのかた、これほどまでの不安を味わったことはない。
避けられない恐怖、迫りくる闇。
うっかりすると呑まれて消える、恐ろしい闇。
蛇のような『あのお方』の目が、いつまでも僕を捉えて離さない。

「愛してる、アリア」

腕の中の少女に囁いた。少女は身じろぐ。
今は手触りの良いシルクのワンピースを着ているが、普段の制服では赤のネクタイを締めるアリア。
触れてはいけない、抱いてはいけない、愛してはいけない存在なのに。
『あのお方』に背く僕を、しかし神さまとやらは許すのだろうか?

「私も」

僕の胸に顔をうずめるアリアが答えた。
心なしか震えている気がする、声も、体も。
僕のこの黒いローブで簡単に隠せてしまう小さな体、いっそそう出来たらいいのに。
隠して、隠して、消してしまって。
僕だけのものに出来たなら。

「ずっと待ってるからね」

意味深な言葉を残して彼女はそれきり黙ってしまった。
なにを?とは聞けなかった。
答えは分かっている。僕が『あのお方』に完全に背くこと、それだろう?
それが出来たら、どんなにか幸せか。
僕のローブを掴む手に力が込められた。
左手の紋章が疼く、気がした。

「うん」

ああ、とか、なにも言わない、とか。
父上みたいな対応なんて出来なかった。
だから僕はあのときの、アリアと出会ったあのときのまま、幼稚で純粋な言葉を返す。
そしてそっとキスをした。
どちらからでもない。自然にだ。



黒いワンピース黒いローブしんみりした雰囲気彼女の涙。
喪服で溢れる葬式のような、僕達。
しみじみと愛を囁き合ったあと、僕は彼女を置いて姿くらましをした。
一瞬彼女が泣き崩れ、僕の名を叫んだ気がしたけれど、気のせいだろう。
彼女は強い、女性だから。






暗澹


(未来の淵を覗いてみれば、涙と闇しか見えやしない)








.

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ