みじかい

□帝王のひみつ
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俺様は『闇の帝王』と呼ばれ恐れられる魔法使いだ。
俺様より年上の人間も、俺様に恐れ戦き、また服従を誓う。
だから、知られてはならない。
この俺様の、…いや僕の、そう――秘密を。









「アリアっ!ただいま、元気にしてたかい?」
「お帰りトム、わたしは元気だよう」

慌ただしくドアを開けて、出迎えてくれたアリアを思い切り抱き締める。
実に三日ぶりのアリア。
僕がこの少女を囲って、家まで用意して、密かに愛し合っていることを。
誰にも知られてはならないから、毎日このアリアのために用意した街外れの家にはいられない。
小さな体は、三日前と変わらず、柔らかくて微かに甘い匂いがした。

「今ね、ご飯作ってた。食べる?」
「うん、今日はなんだい?」
「ハンバーグ!じゃあスープ温めるね」

そう言ってキッチンに向かうアリア。
アリアは料理を作るのに、魔法を一切使わない。
その方がおいしくできるからと言っていた。
心の底からマグルが嫌いな僕だけど、マグルと同じやり方で料理を作るアリアは大好きだ。
都合良すぎるかな。まあ気にしないけど。

「アリア…ご飯はあとでいいから、こっちに来て?」
「え、トム?でも、スープ…」
「いいから」

少々強引にアリアの手を引いてリビングのソファへ。
ふわりとアリアを座らせてその前に立ち、小さな顔を両手ではさむ。
大きな瞳。形の良い鼻。ぷくりとした唇。ほんのりと桃色に染まった頬。
アリアは本当に整った顔をしている。

「トム?」

じっと見つめたまま動かない僕を訝しんだのか、アリアが僕の名前を呼ぶ。
大嫌いな名前だけど、アリアに呼ばれると堪らなく心地よく響くから不思議だ。
ヴォルデモート、という名前はアリアの唇が紡ぐに相応しくないだろう。
彼女は知らなくていい。
あんな僕なんか。あんな俺様など。

「、ん…っ」

薄紅色の花弁のような唇をいっそ食べてしまう勢いでキスをする。
この感触も三日ぶり。
三日間は長い。長すぎる。
72時間、アリア不足で僕が発狂するのに十分すぎる時間だ。
まずは軽く触れるだけのキスを何度も何度も、色んな角度から。
次第に深く絡めていく。

「ぅ、…ふぁ、」

下唇を軽く吸って気紛れに離れてみると、アリアはとろりと瞳を潤ませて僕を見上げていた。
アリアはあまり長すぎるキスや深いキスが苦手だ。
うまく息継ぎができないからだ。
顔を真っ赤にして「トム、苦しいよぅ…」などと言われた日には堪ったもんじゃない。
もっともっと苦しめたくなるのを我慢するのはなかなか大変だった。
だから唇を味わうのはこのくらいにして、次へ移行。

「アリア…僕はね、三日間もアリアに会えなくて、つらくてつらくて死んでしまいそうだった。アリアも?アリアも僕に、会いたかったかい?」
「当たり前でしょ?ずっと会いたいって思ってたよ。わたしはトムが大好きだから、足りないと死んじゃうんだもん」

歯が浮くような台詞を、大真面目に吐く僕を。
笑いも蔑みもしないで受け入れてくれて。
その上こんな可愛いことまで言ってくれる、アリアってまるで女神みたいだ。天使のようだ。
ふにゃふにゃ笑うアリアの頬に一つキスを落として、そっとその体をソファに押し倒す。
あまり体重をかけないよう気を配りつつ覆い被さると、これから起きることを考えてかまた顔を赤くしたアリアと目が合った。
きゅ、と小さな手が僕のシャツを掴む。

「怖がらなくても大丈夫だよ。痛くしないから」
「…トム…」
「僕に全部任せて、預けて。それだけでいいんだ。そうして目を閉じていれば怖いことなんかなにもない。なにも、ないんだ」

幼い子供に言い聞かせるように囁きながら額にもキス。
そうすればアリアは素直に目を閉じた。
そう、それでいい。
僕が守ってあげる、目を閉じてさえいれば、俺様のおぞましい姿も見なくてすむだろう。

「きみは本当に可愛いね、アリア…」
「トム、トム、…ふ、っ」
「…愛してるよ」

唇、頬、鼻、閉じた瞼、額。
顔中にキスの雨。
アリアは時々擽ったそうに声を上げる。
今アリアは僕でいっぱい。
いやいつだって、アリアは僕でいっぱいのはずだ。
僕で、…トム・リドルで満たされていたらいいんだ。
もう僕はトム・リドルの名を捨てた。
トム・リドルという人間が今存在していることを認識しているのはアリアだけでいい。
僕はアリアだけのものだ。完璧に、完全に。
その代わり、ヴォルデモートなんて存在は知らなくていい。
俺様のことは認識するな。
一生僕に愛されて、そして死ねばいいんだ。

「わ、わたしも、…わたしも愛してる、からっ」
「うん…うん、」
「だから、いなくなったりしないで、ね?」

ああ。
またそんなことを言う。
僕があんな人の道を外れた生き物だということを、知っているわけでもあるまいに。
なにも知らないはずなのに、なぜか全てを見透かされそうな瞳は美しい色を湛えて僕を見つめていた。
確かめるようにきつくきつく抱き締めて、僕は囁く。

「当たり前だろう?僕はどこにもいかないよ。ずっとアリアの傍にいるから…」

いくら拒んだところでいずれは僕の本当の姿をアリアに知られてしまうだろうと、僕はちゃんと分かっていた。
そのときは、そのときは、…きっと僕はアリアを殺すだろう。
いや、知られてしまう前に。僕はアリアを手にかける。
無機質な緑の閃光などで殺しはしない、そんなマグルや血を裏切る者と同じやり方でなど。
アリアは、アリアだけは、僕がこの手で殺すのだ。
アリアの中で僕は僕のまま、最期まで。
そんな未来は見なくていい。
だからやっぱり目を閉じていて。

「トム、大好き、だいすき…」
「アリア…アリア…っ」

そうして口付けたアリアの唇は柔らかくて、どちらのものか分からない涙の味がした。






(帝王のひみつ)











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