みじかい

□きみは僕らの、
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「フレッド!ジョージ!フィルチのとこにクソ爆弾仕掛けに行こう!」

廊下を歩く僕らの後ろから元気な女の子の声が聞こえてきた。
振り向くと思った通り、アリアだった。
もう寒くなるのに、相変わらずセーターやカーディガンの類いもローブすらもつけていない。
走ってきたアリアの頬はほんのり赤く染まり、少し息が上がっているようだ。

「やあアリア」
「フィルチんとこに行くって?」
「そう!あいつ今から校舎の外の壁を修理するらしいから、やるなら今だぜ!」
「そいつは朗報だ、行くか相棒!」
「ああ、クソ爆弾の在庫は大丈夫か?ジョージにアリア」

目をきらきらさせた女の子がクソだなんて言葉を使うのはどうかと思うが、アリアだから仕方がないというか気にしない。
アリアこそ、唯一このホグワーツ魔法魔術学校において俺たちと共に悪戯を繰り返す女の子なのだ。

「新しい悪戯グッズの試作はどう?」
「うーん、イマイチって感じかな」
「そうそう、イマイチパンチが足りないっていうか、面白いのができなくて」

三人仲良く並んで、フィルチの部屋へと向かう俺たち。
右からフレッド、俺、そしてアリア。
俺やフレッドよりずっと小さいところにある二つの瞳が輝いている。
この子は本当に悪戯が好きらしい。
いや、俺たちだって好きだからやってるんだけど。

「わたしも試作に加われたらなあ…」
「まあ仕方ないさ、アリアは馬鹿だから」
「はっきり言われると傷付くよ!」
「仕方ないだろ、馬鹿なんだから」

そう、アリアは馬鹿だ。
俺たちも馬鹿だ。
つまり三人とも馬鹿なのだ。
普通女の子ってある程度頭が良いものだと思っていたのだけど、違った。
アリアはなんの遠慮もなく授業中寝るし、呪文は間違えるし、テストは空欄だらけ。
魔法のセンスはない訳ではないらしく実技はまだマシだが、なにせ基礎を学んでいないので基本的に成績は悪いのだ。
ちなみに今の説明は俺たち双子にも共通する。
そんな馬鹿な、そして女の子であるアリアを時に失敗で怪我をすることもあるような新しい悪戯グッズの開発に加えるわけにはいかない。
それは俺たちなりの優しさでもあったが、馬鹿なアリアには分かるまい。

「でもでもこの前の変身術、ジョージよりわたしのがよくできたやんけ!」
「でも俺よりは下」
「そしてフレッドですら猫にテーブルの脚がついたままだったんだぜ」
「つまりなにが言いたいかっていうと、俺らもアリアも馬鹿だってこと」
「むむむ…」

しかめっ面のアリア。
風が吹いて、切り揃えられた前髪がふわりと上がった。
おでこが白いなあと、なんとなく思った。

「あり」
「どうした?アリア」
「フィルチあんにゃろー、部屋に鍵かけてやがる」
「おやおや、さすがのフィルチも学習したか」
「開けっ放しじゃ、俺たちに悪戯仕掛けてくださいって言ってるようなもんだもんな」
「えーどうする?」
「アロホモラは?」
「あ、忘れてた!えーと、アロホモラ!…お、開いた開いたー」
「アリア、それでも魔女かよ…」

わいわい騒ぎながらフィルチの部屋へ。
相変わらず変な臭いのする部屋だ。
なんかいいものないかなあ、とアリアが没収品の詰まった引き出しを覗く。

「ちょっとフレッド、あんたちゃんと見張ってる?」
「ばっちりだぜ!」
「よしよし、あ、ねえジョージこれなにかな?」
「んー…俺には鏡に見えるけど?」
「やたら古びてるけど…だいぶ昔の没収品みたい」

アリアが引き出しから取り出したのは、小さな手鏡らしかった。
見た感じは単なる古い鏡だが、そんなものをフィルチがこの『没収品』と書かれたプレートのついた引き出しに入れておくはずがない。
まるで分かりやすい罠のようだがフィルチはマジだ。
マジでこんな分かりやすいことこの上ないような引き出しを使っているのだ。

「むむむ…黒い目ん玉が二つ見えるよ!」
「馬鹿、そりゃお前の目だろ」
「いてっ」

大真面目に叫ぶアリアに拳骨を一つ。
もちろん全く本気は出していない。
それでもアリアは瞳を潤ませ、恨めしそうにこちらを見上げていた。

「なにすんだよぉ」
「アリアが馬鹿なのがいけないの。ほら、鏡貸しな」
「えー、わたしが見つけたのに」
「なんか危ない魔法かけてあったらどうするんだよ」
「む、それじゃこれ渡したところでジョージが危ない目にあうだけじゃん」
「俺はアリアと違ってちゃんと対処できるから」
「やだやだわたしが見つけたのー!わたしが調査するっ」
「俺のがちゃんとどんなものか調べられるっての!」
「引っ張るなよー!」

ぎゃあぎゃあ、二人で鏡の奪い合い。
フレッドがお前らうるさいぞと注意するために顔をこちらに向けた。
珍しく真剣な相棒の顔。こんな悪戯なんかに向けなきゃいいのにな、その真剣さ。
そう思った、そのとき。

「ニャーオ」
「「「っ!!!」」」

開けたままのドアから、フレッドの足元をするりと通る猫。
言わずもがな偏屈老人フィルチの愛猫。

「ミセスノリス…!」
「ヤバい、フィルチが戻ってくる!」
「げ、アリアどうする?」
「…こうするっ!」

「誰だ、俺の部屋にいるのは!」と喚くフィルチの声がどんどん近付いてくることに焦る俺たち。
慌ててアリアを見る。
こういうときの参謀、逃げる手筈は全てアリアに任せてあるのだ。
アリアはにやりと笑い、窓辺に駆け寄る。

「え、どうすんの?」
「フレッドもジョージものろい!早く来てっ」
「おいアリアまさか…言っとくがここ、普通のビルの五階より高い…」
「お察しの通り!行くよっ!」

追って窓辺に走り寄る俺たちのローブの裾を、小さな両手でぎゅうと掴んで。
いやな予感に顔を蒼褪めるフレッドと俺。
予感は、的中。

「「ぅゎぁぁあああああっ!!!?」」
「ひゃっほー!あばよフィルチ!」
「待てこら、ガキども!」

勢いよく窓から飛び降りたアリア、with俺たち双子。
ギリギリのところでフィルチの手をかわしたようだ。
いやそんなことより今は、この急降下する体を案じなければ。
ああもう地面が目の前だ。
パパママ、先立つ不幸を許してくれ…!
本当に目の前に迫っている地面に、思わず目を閉じた。

「…………あれ?」

フレッドの間抜けな声に目を開ければ、俺と瓜二つな顔がやはり間抜けに歪んでいた。
俺もきっと、同じ顔をしているはずだ。
地面に叩きつけられるはずの体には、予想していた衝撃ではなくふわん、というかぼすん、という感触。

「な、なんだこれ」
「へっへーん!アリア特製、巨大クッションだよ!」
「え…アリアが作ったの?」
「イエス!」

目線を下へ向ければ、真っ白な布が俺とフレッドとアリアの下に広がっていた。
どうやらこれが地面にぶつかる衝撃をやわらげたらしい。

「こんなのどうやって…」
「うへへ、秘密!女子寮で夜な夜な徹夜さあ」

秘密と言った傍から自分で暴露、こいつほんとに馬鹿なんだな。
しかしにこにこ笑うアリアの、細められた瞳やまた赤く染まった頬を見ていたら、知らぬ間に俺も笑っていた。

「やるじゃんアリア!」
「さすが俺たちの参謀にして悪戯仕掛人が一人!」
「やーん、あんま誉めないでっ!調子乗るから!」
「ああ確かにそうだな…よし、誉めるのやめよう」
「所詮アリアは馬鹿アリアだしな」
「ちょっとー!」

怒った声を上げながら、しかし顔は笑顔のまま。
太陽みたいにも、花みたいにも見える笑顔をつくるアリアの手には。
さっきの手鏡がしっかりちゃっかり握られていて、これで意外と抜け目ねえとこあるんだよなあと密かに舌を巻いた。






((きみは僕らの、一等星!))










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