みじかい

□食人嗜好
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アリアが構えた杖の先から目映い閃光が走った。
それは僕の左腕を適格に切り裂いた。
引き裂かれたシャツと皮膚。
一瞬遅れてやってくる痛み。

「…なにするの」

僕の上に跨がるアリアに問うと、アリアはだって、と呟いた。

「リドルの血も赤いのかなあって、気になったんだもの」
「そうに決まってるでしょ。僕はまだ人間だよ」

言いながらなんだか可笑しくなった。
まだ人間、だって。
まるでそのうち人間じゃなくなるみたいだ。

「そうね、赤かった。わたしとおんなじ」
「良かったね。で?満足したかい、これで」
「ううん」

そう言うとアリアは自らの、白くて細くて他人を傷付ける行為がこの上なく似合わない腕を出し、さっき僕に放ったのと同じ呪文を唱えた。
ぼたぼたと僕の上に垂れるアリアの血。
無残に傷がついたアリアの腕。
僕は自分の傷ではなくその傷に対して、眉をしかめた。
血の臭いが、漂ってきた。

「馬鹿、なにやってるの」
「こう、したくて」
「っちょっと、なにを…」

ぐちゃ。
僕の傷とアリアの傷がくっついた。
アリアが自分の腕を擦り付けてきたのだ。
なにを考えているのか理解できない。
もう一度なにをしているのか、なんのつもりかと問うと、どこか恍惚とした顔でアリアは答えた。

「リドルの血とね、わたしの血、混ざってるよ、今」
「…だから?」
「きれいだと思わない?」

アリアはシーツに染みていく血液から目を離さない。
混ざっている。
確かに今、僕とアリアの血液は混ざり合っている。

「リドルの血は赤かった。わたしとおんなじ。においも同じ。だけど違うのね」
「………」
「わたしとリドルの血は違う。わたしとリドルは別の人間。わたしねそれが怖いの、いやなの、堪らなくいやなの。だから一つになれたらいいのにって思ったの」
「…アリア」

ひょっとしてアリアは泣いているのではないか。
不意にそう思い二つの瞳を見上げたが相変わらずアリアの表情は変わらない。真顔。
そんな顔で奇行をし出すアリアが、僕はいよいよ本当に分からなくなった。
ただ、アリアが悲しんでいる気がして、そしてそれが僕の闇に傾倒する思想のせいである気がして、つらい。

「…アリア、僕は…」
「リドル…どこかに行っちゃわないで。わたしから離れちゃいやだよ」
「…、アリア」
「……わたしはリドルの血まで愛してるの」

アリアの細い指が僕の傷口を這う。
痛みに僅か顔を歪める僕に構いもせず、アリアは掬った僕の血液を小さな舌で舐めた。

「…リドルと溶けて、ぐちゃぐちゃになって、混ざり合って一つになっちゃいたいよ。そうしたらリドルはわたしから離れられない」

ぽたり。
頬に降っていた水滴が涙だと気付くのに少し時間を要した。
アリアが泣いている。きっと僕の、せいで。
傷口なんかよりずっとずっと、心が痛んだ。

「アリア、アリアごめんね…僕…」

涙を拭うために白い頬に手をやった。
アリアの、いつもは桃色に染まっている頬が蒼褪めていることに今頃気付いた。
泣き続けるアリアがいとおしくて堪らない。
同時に申し訳なくて、可哀想で、仕方がない。
花弁のような唇にそっと親指を当てた。

「…あ」

そのときアリアが声を上げた。
なにかを考え付いたような、声を。

「リドルを、食べちゃえばいいのかしら」
「、え…」
「そしたら、一つになれるのかしら…?」

そう囁きアリアが躊躇いなく僕の指を噛んだ。
びくりと震えた僕に、ふ、と微笑む。

「リドル。わたしとずっと一緒にいて」

アリアの掌が僕の頬や首筋を撫でていく。
じわりじわり涙のように血液を溢れさせ続ける傷口に、顔を近付けて。
傷口のすぐ傍の皮膚に柔らかく歯を立てながら、アリアは尚も囁いた。

「そうしないとわたし、リドルを食べちゃうしかなくなるから…ね」

柔らかな唇がそこに押し付けられ、温かい舌に抉られる。
思わず呻く僕に、リドルおいしいよとアリアは愛らしく呟いた。




((愛ゆえの食人嗜好))








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