みじかい

□安全圏の狂い方
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「アリア」

戸惑った声でリーマスがわたしの名前を呼ぶ。
優しく響く声にぞくぞくした。
なんて、愛しい。
わたしに押し倒されながらリーマスは鳶色の瞳を確かにわたしに向けている。

「…だめかしら」
「えっと…だめ、っていうか」
「リーマスが、好きなの、わたし。大好きなの。愛してるのよ」

そう言えばリーマスは口を閉ざす。
知ってるのよ、あなたの行動パターンくらい。把握してるの。
ほんのり赤く染まる頬にそっとキス。
躊躇いがちにリーマスの大きな手がわたしの頭を撫でる。

「きみはなんていうか、意外に大胆なんだね」
「あら、リーマス以外にこんなことしないわ」
「そうしてくれ」

リーマスの苦笑。
また素敵な表情をゲット!嬉しいな。
わたしもにっこりと笑ってみせる。

「リーマスがね、わたしに、人狼だってこと話してくれて、わたし嬉しかった」
「…本当に怖いと思わなかったの?」
「まさか!思うわけないわ。リーマスはどうなったってリーマスよ」
「アリアは優しいね」

そんなに嬉しそうに微笑まないで。
わたし優しくなんかないのよ。人格者なんかじゃないのよ。
わたしこそ狼。
愛しいあなたを食べてしまいたいの。
怪我だらけの首筋に、そっと指を這わせる。
リーマスが擽ったそうに目を細める。

「傷がこんなに多いのは、やっぱり人狼だったからなのね。…痛い?」
「痛くないよ。こんな傷だらけで僕はいつも、みんなを…特にアリアを怖がらせているんじゃないかと怖かったよ」
「少なくともわたしは怖がってなんかいないから。傷一つだってリーマスの一部だもの、愛してるわ」

古い大きな傷痕に唇を寄せる。
こんな傷ができる怪我、きっと痛いんだろうな。
可哀想…わたしが癒せてあげたらいいのに。
そんな殊勝なことを考えつつしかし傷痕を舐めていると段々本当に自分が人狼のような気がしてきた。
そしてリーマスを噛んだグレイバックの気持ちが分かった気がした。
確かにおいしそうだわ、リーマスは。
わたしにも牙が生えていたら、きっとリーマスを噛んだに違いない。
この皮膚の下には温かな血が巡っているのだと思うと頭がくらくらした。
堪らずそこに吸い付くとリーマスから可愛い声が上がった。

「いたっ!…アリア、なんてところに吸い付くんだい?」
「痕が残るのがいやなら、魔法で消してあげるわ」
「…いやってわけじゃ、ないよ」

リーマスの頬の赤みが増す。
やだ、可愛い。
本当にかぶり付いてしまおうかしらと考えるわたしの後頭部に、リーマスの掌が回る。

「ただね、」
「…なあに?」
「そういうのは男がすることだよ、アリア」

言うが早いか上体を起こしたリーマスがわたしの首筋に噛み付いて、ピリッと小さな痛みが走った。
綺麗だよ、とリーマスが囁いて、きっとそこには血を思わせる美しい赤が浮かび上がっているのだろう。
痛みが生んだ淡い快感がわたしを支配し始めて、そっと目を閉じるとリーマスが唇を重ねてきた。
まるで普通の女の子みたいに、ここで恥じらったりできたらいいのに。
わたしはそんなことできない。
リーマスの首に腕を回して、比喩でなく唇に噛み付くとリーマスは僅かに体を震わせた。
うっすらと目を開けるとリーマスの驚いたような表情が目に入ったが、それはすぐに男の子の顔に変わる。
後ろへ倒されて、覆い被さるリーマスの顔はなるほど狼めいていた。

「アリアは積極的なんだね」
「わたし以外にも経験があるのが憎いわ。アリアは、だなんて」
「…もうきみ以外見られないよ」

嬉しいこと、言ってくれるわね。
その言葉はリーマスの口に飲まれてしまって、空気を振動させることはなかった。
リーマスはキスが好きなのかしら。
また一つ発見。でもわたしはさっきみたいに、リーマスの首に噛み付くのが好きだわ。
まるでリーマスを食べてるみたいだって、錯覚できるから。
薄いシャツ越しの締まった脇腹も、食べたらどんな感じなのかしら?
考えるだけで歯がうずうずしてきた。
わたしの体を優しい手つきでまさぐるリーマスからのキスに応えながら、わたしはさっきの可愛いリーマスを思い出していた。
うん、今みたいなリーマスもいいけど、さっきのリーマスの方が好きかも。
密かに微笑んで。
わたしはリーマスを襲う算段を立てる。
次はどんな風にリーマスを、食べちゃおうかな。






((彼女はまだ、安全圏の狂い方))











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