みじかい

□幻影への恋慕
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初めから気に食わなかった。
馴れ馴れしい態度も。
耳から離れない声も。
生意気にも綺麗な容姿も。
ふにゃふにゃした締まりのない笑顔も。
全部全部気に食わなかった。
なにより血筋が気に食わなかった。
あれは混血だった。名だたる名家でもない一般家庭の、穢れた血の混じる血筋。
そんな血筋のくせに僕にべたべた懐いてきて。
挙げ句には僕を好きだ好きだと言い出した。
馬鹿の相手をするのも疲れるのに。
本当に、気に食わなかった。


だから、殺した。
卒業した翌日、わざわざホテルを探し当てて。
あんな人間を殺すのに魔法なんて使うことすら勿体なくて、僕の手で殺した。
ノックもなしに突然部屋に押し入ってきた人間に最初は驚いたようだったが、それが僕だと分かるとすぐにあのふにゃふにゃした笑顔でリドルどうしたの?などと声をかけてきたから、床に引き倒して首を絞めた。
じわじわ力を込めてやればあいつは苦しそうに顔を歪めた。
在学中は一度も見なかった顔だ。
僕がどんなに冷たく突き放してもあれは気にせず僕にくっついていたから。
苦痛に歪む顔を見るのは小気味良かった。
僕はあれの首を絞めながら、へらへら笑って、聞いてもいない夢を語るいつかのあれを思い出していた。
卒業したらね、ロンドンでお花屋さんになりたいんだ。リドルも来てね、待ってるから。
だからホテルに泊まっていたんだよね、就職の準備のために。
ざまあみろよ、夢は叶わないままきみは死ぬんだ。ざまあみろ。
そんな意志を、両手に込めた。
少しずつ確実に死へ近付いていくあいつに何度も繰り返した言葉を吐いた。大嫌いだ、と。
あいつは気管を狭められて変な呼吸を必死に繰り返し、生き永らえていた。
リドル、リドル。あれはそう僕を呼んだ。
僕は無視したのに勝手に話し出したんだ。
わたしはリドルのこと好きだよ、だからねえ、泣かないで。
なぜかその言葉を聞きたくなくて強く強く絞めたから、最後は殆ど聞こえなかったけれど。
あいつはそんな馬鹿なことを僕に言って、そして哀れな人生を閉じた。
泣いてる?僕が?なにを言っているんだ。
僕は泣いてなんかいなかった。
だって涙を流す理由がなかったから。
大嫌いな人間を殺した。また一人純血でない人間をこの世から消し去った。
なのになぜ泣く必要がある?
聞きたくても聞けない。あれはもう死んだから。僕が殺したから。
馬鹿だな、きみは。
勝手にそんな言葉が口をついた。


気に食わなかったんだよ。
なんで僕なんかに構うんだ。
なんで僕なんかに笑うんだ。
なんで純血じゃないんだ。
なんで僕以外にも笑うんだ。
なんで僕の隣だけにいないんだ。
なんで僕なんか好きになったんだ。
こんな結末しか選べない、愛を知らない僕なんかを。
馬鹿なあいつが気に食わなかった。
そうして、そんなあいつに、知らないはずの愛情を感じていた僕が、気に食わなかった。
全部気に食わなかったって言っただろう。
あれを殺せば楽になると思ったのにな、あれは死して尚僕から離れない。
夢に出る、街の人混みに一瞬あれを見掛ける、ふとした瞬間あれの声が聞こえる。
あれは未だに僕を苦しめて、おかしくする。
殺してもだめだったなら、どうすればいいんだ?どうすればよかったんだ?
殺さなければよかっただなんて。そんなの信じないよ。
あれと一緒に生きるなんて無理だった。
でもあれが僕以外の人間と生きるだなんて耐えられなかった。
だったら殺すしかないじゃないか。
なあ、そうだろう?


あの、頼りなく細い首を絞めた感触は、いつまでも僕の両手から消えない。
最期のあいつの微笑みも、網膜から消えない。
最後の好き、もまた、僕の耳から離れない。
ほらね。あいつが消えないんだ。
これは罰なのかな。それとも幸福なのかな。
あいつと一生、一緒なんてさ。
皮肉だ、結果望んだ通りになった。最悪の形で。
…ねえ、きみの冷たくなった唇に落とした最初で最後のキスを。
僕は死ぬまで忘れないよ。
アリア。
僕は今日もきみの幻を見ながら、息をする。息をするように人を殺す。
きみを殺したあの快感と喪失感、なにものにも変えがたく形容しがたい感覚は未だ、得られていない――





((きみの幻影すらも愛せるのに、あのとき僕はなぜきみを殺したんだろう))








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