みじかい

□ファントムラバー
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リドルはとっても綺麗だった。
男の子なのに仄白く綺麗な肌、男の子なのに中性的な容姿、男の子らしい精悍な体つき。
夜の闇を湛えた瞳にときどき走る赤い光もわたしは好きだった。その色が見え隠れするときは、大抵リドルの機嫌が悪いときだったけれど。
リドルはわたし以外には物腰柔らかでとんでもなく頭のいい優等生だった。みんなリドルに憧れてたくらい。
中でもわたしが好きだったのは、リドルの手。
大きくて骨張って、でもどこか造りの華奢なあの手。
杖を持つのがよく似合ってた、あの手。
指も長くて綺麗だった。
あの手が好きで、好きで、わたしはときどきそっと掴んだものだった。
その度リドルは怒るの。僕に触るなって。わたしにしか使わない乱暴な口調で。
でもリドルは決してわたしの手を振りほどかなかった。
わたしはそれだけで幸せで、気が済むまでリドルの手を握っていた。


わたしはどうしようもなく馬鹿だった。
成績も悪かった。リドルにもいつも笑われていた。
それでも補習や再試験に呼ばれたことはない。毎回リドルが助けてくれていたから。
全くアリアは馬鹿なんだから、僕がいないとなにもできないんだね。
リドルはそう言いながらわたしと一緒に魔法薬学の授業で鍋をかき混ぜ、闇の魔術に対する防衛術の練習相手になってくれたのだ。
ごくたまにわたしがうまいことやると、よくできたねと言ってわたしの頭を撫でようとすることがあった。
その手はわたしの髪に触れる前に、我にかえったリドルが引っ込めてしまったけれど。
そうして誤魔化すように、馬鹿でもたまにはやれるんだ、ってわたしから目線を逸らして言うの。
馬鹿なわたしも、それくらいは見てた。


リドルの手はとにかく綺麗だった。
なんだってそつなくこなす手。
あの手はきっと魔法の手なんだ、なんて馬鹿なわたしは思ってた。割りと、本気で。
あの手が自分からわたしに触れてくれなくたって良かった。
わたしを拒まないだけで良かった。見ているだけでも十分わたしは幸せだったから。
だから卒業の日リドルがわたしを無視するように避けていてもわたしは全然気にしなかった。
制服の裾から手が見えた、それだけで、その美しい造形を目に焼き付けて、これだけでわたしは生きていけるなと本気で思った。
次の日なんとか見つけた就職口の準備のためにロンドンに残っていたわたしはホテルで一人これからの生活に想いを馳せていた。
夢だった花屋さんの店員になれるのだ。
友達は来てくれるだろうか。アイリーン、マリー、キャシーにアリシアも。
それからいつか、リドルが来てくれたらいいな。あの綺麗な手には、さぞや花々が似合うだろう。
なんて甘い夢を見ながら髪をとかしていた、そのとき。
突然ドアが開いて誰かが入ってきた。その誰か、はリドルだった。
びっくりしたけどもう会えないだろうと思っていた相手に早くも会えたことが嬉しくて、いつものようにリドルに声をかけた。
次の瞬間わたしは床に引き倒されていた。
リドルはなぜかとても苦しそうな顔をしていて、自分も首を絞められて苦しかったのだけどとにかくリドルが心配だった。
あの綺麗な顔をそんなに切なく歪める原因が気になって仕方なくて。
でも同時にわたしはリドルに殺されるんだなあと分かっていて、それに対する恐怖は不思議なことに微塵も湧いて来なかったけれど、死ぬ前にどうしても伝えたかった。
好き、って。
在学中何度も何度も繰り返した言葉。撥ね付けられた言葉。
そのうち大嫌いだとリドルが言うのが聞こえた。
そしてリドルは静かに泣いていた。
わたしはそれがひどくつらかった、泣かないで欲しかった。
どうしてリドルが泣くんだろう。殺されゆくわたしは、大好きだったリドルのあの綺麗な手が初めて自分からわたしに触れてくれて、その手に殺されるなら本望だとさえ思って、こんなに幸せなのに。
だから、言ったの。
好きって。それから泣かないで、って。
その言葉がリドルに届いたかは分からない。わたしはそれを絞り出したと同時にとうとう死んでしまったから。
それにしてもリドルは綺麗だった。わたしの短い人生の中で見た誰よりも、とびきり綺麗だった。
わたしはそうしてリドルの美しい手に殺された、まさに。
あの手に魅了されたからこそ殺されたのだろうなんて、やっぱり馬鹿なわたしの妄想かしら?


リドルは今どうしているだろう。
あれからもう何十年も経ったはずだ。
リドルももうおじさんだよなあ、いやおじいさんだ。
わたしは生きている人間の世界を知ることはできない。
大した力もなくて、ゴーストにすらなれなかった。
でも未練だけは強くていつまでも神さまの元へはいけないの。リドルに対する未練のせいで。
あんなにも満たされて死んだくせに、わたしはまだリドルに会いたかった。
まだ、リドルはわたしがいるところへは来ていない。
でもね、なんだかよく分からないけれど、近いうちわたしはまたリドルに会える気がするの。
それはつまりきっとリドルが死んでしまうってこと。
でも大丈夫。わたしの大好きだった、あのとびきり綺麗な男の子は。
頭脳もとびきりだったのだから、自分がやりたいことをやり遂げて、そして死ぬはずだもの。
だから、わたしもとびきりの笑顔で迎えるんだ。
久し振りだね、トム。ってね。
呼べなかったファーストネームだけど、50年待ったのだもの。
きっとリドルもそう呼ぶことを、許してくれるだろう。
そして今度は願わくは、あの手に首を絞められるのでなく、頭を撫でられたいな。
リドルに会うのが、楽しみだなあ。





Her tale which became a phantom.

((幻影となった彼女のはなし))














(アリアは変わらないね)
(そりゃあ死んだんだもん、変わらないよ)
(…そうだね。僕が、殺した)
(世界で一番幸せな死に方だったわ。好きな人に、殺されるなんて)
(…そう言ってくれるんだね、アリアは)




彼女の死が二人を別ち、
彼の死が二人を引き合わせ、
そして死こそが二人の幸福へと姿を変えたのだ。










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