みじかい

□常しえの年少き彼
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レギュラスは、わたしに初めて出来た後輩の一人で。
わたしに一番懐いてくれた後輩だった。
利発で素直で可愛い後輩。
わたしも、わたしの周りの人たちも、みーんなレギュラスを可愛がった。
レギュラスはわたしにだけは少し甘えん坊なところがあって、彼の珍しい我が儘などはわたしが独り占めしていたも同然だった。
可愛いレギュラス。
あの子は誰にも見せない面を、わたしにだけは見せてくれていたのだ。
――そのことに、あの頃のわたしが気付けていれば。


「先輩、アリア先輩」
「レギュラス…どうかしたの?ひどい顔してるけど」

ひどい顔と言っても、レギュラスはそれはそれは綺麗で上品な顔立ちをしているので、単にひどく疲れたような、思い詰めたような表情をしていると言いたかったのだ。
レギュラスは静かに首を振る。なんでもありません、の合図。
なんでもないはずがないのは分かっているけれど、そんなレギュラスを問い詰めれば彼を更に追い詰める気がしてわたしはなにも言わない。

「…先輩は、僕をよく可愛がってくれた」

ぽつりとレギュラスが言う。
ソファに座るわたしの前に立ち尽くしたまま。
隣、座ればいいのにな。

「だってレギュラスは、わたしの可愛い後輩だもの」
「先輩は、…終ぞ僕を後輩としか見てくれないんですね」

レギュラスの冷たく、自分を嘲笑うような声にびくりとした。
彼の唇はまさしく自嘲に歪んでいる。
終ぞ、という言葉も気になった。
さっきの言葉も過去形だったし、なぜレギュラスはこれが最後だというような台詞を吐くのか。
わたしは嫌な予感でいっぱいになる。

「レギュ、ラス?どうしたの?なにかあった?」
「…なにも」
「嘘だ、なにもないわけないじゃない」

聞かないと決めたのについつい聞いてしまった。
レギュラスは悲しそうに眉をしかめる。
あ、と慌てて、レギュラスごめんと言いかけたとき。

「僕、先輩が好きです」

さっきみたいにぽつり、レギュラスが呟いた。
びっくりして目を丸くするわたしをよそに、レギュラスは更に続ける。

「でも先輩は僕なんか大勢いる後輩の一人としか思ってない。恋愛の、選択肢にすら入れてもらえてない。僕が、後輩だから…」
「レ、レギュラス、ほんとにどうしたの?ね、落ち着いて」

ぽつぽつ喋り続けるレギュラスは、わたしではなくもっと遠くを見ている気がした。
その瞳は絶えず悲しみを湛えて揺れていて、わたしはどうしたらいいのか分からなくて、困惑した。
どうにか、どうにかしなきゃ。そればかり思った。

「…落ち着いていますよ、僕は。怖いくらいに」
「……レギュラス、」
「ねえ、先輩。僕がもしももう少しだけ早く生まれて、あなたと同い年だったら。そうしたらあなたは僕をせめて、恋愛対象の選択肢の一つにくらい入れてくれましたか?」

そう問うレギュラスの、上品なうつくしい顔が今にも泣き出しそうなことに、わたしはとうとう気付いてしまった。
言わなくては。祈るような気持ちだった。
レギュラスを、助けなくては。

「うん。レギュラスの願い通りだったはずだよ」

あの日の、わたしは。
レギュラスの言葉をただ肯定すれば彼がきっと安堵の表情を見せてくれると無邪気に信じていたのだ。
同い年じゃなくっても、今のレギュラスをわたしは好きだよ。
そうは言って、やれなかったのだ。
レギュラスはわたしの言葉を聞いて、ふ、と微笑んだ。
それはしかしわたしの期待したものとは違っていたような、気がした。

「そうですか。…本当に、もっと早く生まれてくればよかったな」

二人、生きている限り、僕たちの距離は埋まらないのだから。…大好きでした、アリア先輩。
それがわたしの聞いたレギュラスの最後の言葉だった。
あのあと一度も言葉を交わせぬまま、彼は一人、消えた。
失踪という扱いだったけれど、きっとあの子はこの世のどこからも消えたんだなとわたしは思った。


ねえ、レギュラス。
あなたの想いを受け入れられなくて、ごめんね。
あなたを幸せにしてあげられなくて、ごめんね。
わたしは遺体のない、空っぽのお墓に囁く。
ここはきっと本当に空っぽ。彼のからだも魂もない。
魂はせめて自由に自由に好きなところへ行けたはずとわたしは信じたかった。

彼は永遠に年を取らない
わたしたちの距離は、広がるばかりである。




常しえの年少き彼

((できることならわたしだって、あなたを愛してあげたかった))







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でもね、わたしにはあなたを愛せなかったの。
どうか許して。…いいえ許さないで。

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